第31話 セクハラ男を退治した後に私を守ってくれる魔神少年を追ってきたのは、魔神を名乗るイケメンでした

 私をオーディションで落とした事務所の演出が、今度は採用したイフリエに辞退をつきつけられているのは皮肉だった。

「いえいえ……こちらがスポンサーのセクハラをお詫びしなければ」

 物言いは丁寧だが、背筋に寒気が走った。

 イフリエの手を引いて、オーディションに使っていた部屋の中へ飛び込む。

 内側からカギをかけたところで、今度はイフリエが私を抱えて跳んだ。

「伏せて」

 言われるままに這いつくばると、窓や扉は跡形もなく消えていた。

 ただ、廊下の明かりを背にした演出の影だけが、静かに佇んでいる。

 向き合って立っているのは、上半身の服を吹き飛ばされたイフリエだ。

 しなやかに屈んで、夜の大理石のように冷たく光る肌へと私を抱き寄せる。

 演出の黒い影が、楽しそうに笑った。

「やれやれ……遠ざけるべきも迎えるべきも見つけ出したというのに」

 イフリエも笑った。

「都合よくは行かないものさ、何事も」

 そう言いながら後ずさる先からは、冷たい夜風が吹き込んでくる。

 演出は余裕たっぷりに言った。

「華奢な身体で、ここから女ひとり抱えて飛び降りられるものか」

 5階からは無理だ、と思ったとき、窓の外から車のホーンが高らかに鳴った。

 あの2トントラックだった。

「お褒めにあずかり光栄至極」

 そう言うなり、イフリエは私を抱えて再び跳んだ。

 高笑いと共に、あの演出の声が夜闇に舞う私たちを追ってくる。


 我こそは魔神ディア―フォール……また会おう、伊武理永、紺野麻美……! 

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