第30話 オーディションが終わったところでお約束通りスポンサーの毒牙にかかるところでしたが、魔人美少年の漢気に助けられました

 オーディションが終わって結果発表のために受験者が集められたときには、もう、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 スポンサーを傍らに、演出は合格者の名前を読み上げた。

「伊武理永さん。状況判断の速さと、アドリブの的確さには驚かされました。おめでとう、呪いの皇子はあなたです」

 落選した受験者は、ものも言わずに部屋を出ていく。

 それには目もくれず、演出はイフリエと私に告げた。

「これからの手続きを相談したいので、事務室へ来てください」


 だが、イフリエについて部屋を出ようとしたところで、私はスポンサーに呼び止められた。

「たいした逸材ですがね、紙一重だったんですよ……それは、お分かりでしょう」

 私は、それを振り切ろうとして足を速めた。

「これから打ち合わせが」

「その後で、いろいろとサポート面でのお話が」

 廊下に出ても背中にぴったりと寄り添ってくるのを、後ろ手に突き放す。

「マネージャーではありませんので、私」

 その手首を、見なくてもそれと分かる毛深い手が掴んでいる。

 どこかで、こんなことがあった気がした。

 ちらりと振り向いた目の奥に、暗い蛍光灯の下でぎらりと光るものが見えた。

 ……牙?

 

 私に向かって伸びる腕のワイシャツがびりりと裂けて、毛むくじゃらの腕がむき出しになった。

 裂けた服は、狼男と化したスポンサーの中年男のものだけではない。

「……いや」

 それから先は、声にならなかった。

 爪の鋭い指で掴まれた私の服が高い音を立てると、下着まで剥がされて胸元が露わになった。

 たぶん、これが目的だろうということは肌で感じてはいたが、こんな形で行動に起こすとは思わなかった。

 いや、文字通りの狼になったから、こんなところで実力行使に出たのかもしれないが……なぜ?

 なぜ、異世界の狼男が、この世界に?

 考えている暇はなかった。

「アサミさん、伏せて!」

 叫ぶなり、床の上の私を跳び越えていったのはイフリエだった。

 狼男の顔面を片手で掴むや、廊下の突き当りの壁に叩きつけて凄んだ。

「待っても待っても来ないと思ったら……僕が甘かったよ」

 壁をずるりと滑って落ちた狼男の顔は、もとのスケベジジイのものに戻っている。

 それを見下ろしながら、イフリエはさっぱりとした口調で尋ねた。

「不採用ですよね、こういうのって」

 私に向かって言ったものではないと思って振り向くと、そこにはあの演出が立っていた。

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