第29話 魔人美少年の嫉妬に晒されながら、大人の男たちとも渡り合います

 1時間ほどで、演出がやってきて、最終選考に残った者を何名か発表した。

 ひとりひとり、残った理由を挙げていく。

伊武理永いぶりえいさん……独特の解釈を正確に伝える読みが印象的でした」

 落ちた者がものも言わずにその場を立ち去っていく中、演出が歩み寄ったのはイフリエではなく、私だった。

「いいご指導でしたね」

「この間のオーディションで教わったことですから」

 落とされた恨みも込めてバカ丁寧なくらいに頭を下げると、ああ、と演出は頷く。

「あの時と比べて、いい目をしていらっしゃいますね」

 戦力外通告されるのを薄々感じながらの受験を見透かしていたのだろう。

「……覚えてらしたんですね」 

 恥ずかしさにうつむくと、イフリエが不機嫌そうな冷たい眼差しで私を見つめていた。


 やがて、始まった最終選考は、劇団員を相手に、台本を見ながら主役を演じる立ち稽古だった。

 堂々とした他の受験者はともかく、イフリエは、その目線や足元をふらつかせている。

 とうとう、あのスポンサーの男が口を挟んできた。

「これじゃあ稽古になりませんな」

 粘っこい視線が前身にへばりついてくるのを感じながら、私はイフリエから目をそらしてつぶやいた。

「ホーソンやルイレムさんが相手だったら、どこに立つ?」

 どちらにも辟易してきたイフリエは、劇団員たちの間を縫って、互いの立ち位置を自在に変えていく。

 ほう、という声を漏らしたのは、演出だった。

 スポンサーは面白くもなさそうな顔で、私に歩み寄る。

 イフリエの目が、ちらりとこちらに動いて、演出の目は一瞬だけ曇った。

 微かに首を振ってみせたところで、粘っこい声が囁きかける。

「微妙なところなんですが……私が口を利けばなんとか」

 お断りします、とは言えなかったが、代わりにイフリエの鋭い声が飛んだ。

「その、よく動く蛇の舌を閉じた口の中にしまい込むがよい!」

 台本にあったかどうかはよく分からなかったが、スポンサーは縮み上がって部屋を駆け出していった。

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