第28話 スポンサーからのセクハラを、魔人美少年の怒りを制しながら撃退します

 1週間なんて早いものだ。

 イフリエはもう、2.5次元芝居「魔王ディアーフォールと呪いの皇子」の最終選考会場にいた。

 以前に私が仕方なくオーディションを受けて落とされたのも、ここだった。

 今、イフリエは他の候補者と共に、事務所ビルの5階のひと部屋で、四角く並べられた机に向かって台本を読んでいる。

 その声に囲まれるようにして椅子にもたれている、年のころ30歳前後の若い演出には見覚えがあった。

 あのオーディションのときも、じっと目を閉じて台詞を聞いていたような気がする。

 だが、イフリエには、台詞の間を盗んで穏やかに声をかけた。

「もっと肩の力を抜いていいんですよ」

 あのトラックで次元を越えてきたイフリエは、言葉は通じても、字が読めるわけではない。

 だから毎日のように台本を読んで聞かせていたのだが、おかげで、魔王の皇子の台詞だけなら、私もかなり覚えてしまっていた。


「我が身についてのお話ながら、信じれば正気のまま何事もなく人生を終えることはできますまい。狂気か、あるいは波乱を求めるなら別ですが」

「狂気に捉われたと嘲られ、波乱に身をもまれて行く末もわからぬまま生きる身には、その誘い、心動かすには遠く足りるものではない」

「これで、魔王の息子という汚名を背負うこともなくなった。だが、この身が浄められることはない。これからの私は、ただの父殺しにすぎないのだから」


 そこで休憩に入ったので、少しでもイフリエと練習しようと思ったが、邪魔が入った。

 私にすり寄るようにして、ねっとりいやらしく囁きかけてきた者がある。

「まだ台詞が固いですねえ……気持ちが分かるといいかなあ」

 横目で見ると、演出の隣に座っていた、何やらスポンサーらしい中年男だった。

 イフリエも同じことを感じたのか、このスポンサーらしき男を睨みつける。

 それを目で制して、代わりに台本の最後のト書きについて尋ねかける。

「何で皇子は、突っ立ったままなの?」

 父殺しの罪を償うため、とイフリエが答えたので、私はさらに踏み込んだ。

「どうして、そうすることにした?」

 魔王を倒して泣いてるところを仲間に慰められたから、という答えが返ってくる。

 そこで、私は最後の一押しをした。

「じゃあ、どんなふうに言う? 最後の台詞は」

 イフリエは、心配いらない、とでも言うような、無理のある明るい声で読んでみせた。

 胸が締め付けられるような気がしたところで、スポンサーの男が気まずそうに部屋を出ていくのが見えた。

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