第27話 黙って立ってても女を引き寄せかねないのに融通が利かないのに悩む魔人美少年を、個人レッスンで独占して立ち直らせました

 元・地下アイドルとしての先輩風をびょうびょうと吹かせて「後輩」を追い払ったが、もう、オーディションどころの話ではないかもしれない。

 あれだけのルックスで、これだけの魔力ともいえる声が備わったとしたら……。

 だが、部屋のインターホンは高らかに鳴り、取った受話器の向こうからは、社長の無情なお達しが聞こえた。

「そいつも鍛えてもらわにゃならんが、忘れるなよ、本業を」


 再び、足を踏み入れた放課後の演劇部で試みたのは、即興劇をしている2人のどちらかと観客が入れ替わっていくゲームだった。

 気心の知れた部員たちが進めていく芝居はその場を爆笑の渦に巻き込んでいく。

 だが、最後まで残ってしまったイフリエが困り果てて立ち尽くしたものだから、すっかり気まずい雰囲気になってしまった。

 さっさと事務所と引き上げた私は、稽古場に借りた部屋で、安堵の息と共に慰めの言葉をかける。

「まあ、うまくいかないのを楽しむのも即興だから」

 古い折り畳み椅子にがっくりともたれかかったイフリエは、目を伏せてつぶやいた。

「どうするのが正しいか分からない」

 それは、演技の問題だけではなかった。

 イフリエは、移動劇団に拾われてからのことを語り出す。

「芝居のことなんか何にも知らなかったから、団長のいうなりにやってみるしかなかった。どの話も大雑把な筋しかなかったし、あとは、やってることがそれでいいかどうか、団長の顔色見て、大体の見当つけて……」

 その言葉を、私は遮った。

「イフリエの選んだことが正しい……だって、ちゃんとダンピールだって隠してきたんじゃない」


 立って、と促して、片手の掌を突き出させる。

 それに私の掌を合わせて、告げた。

「目を閉じて……ついてきて」

 動かしてやった手に、イフリエの掌は、微かに震えながらではあるが従った。

 腰を屈めたり、再び立ち上がったりしても、遅れることはない。

 最後にお互いの息を重ねたところで、声をかけた。

「目を開けて……。どうだった?」

「……気持ちよかった」

 イフリエは、はにかんで照れ臭そうに笑う。 

 今度は、私が目を閉じた。

「……リードして」

 暗闇の中、イフリエを信じて掌を委ねる。

 ほんの一部ではあっても、身体を任せた先に感じた温もりは気持ちよかった。

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