第26話 現役地下アイドルには目もくれないダンピールの美少年は、私のボイトレだけで才能を開花させてくれました。

 もっとも、イフリエはまっすぐな眼差しで、きっぱりと告げる。

「受かってみせますけどね、その前に」

 異世界のダンピールなら、難しくはないかもしれない。

 ルックスは日本人離れしているし、あの敏捷さとしなやかさは超人的だ。 

 だが、致命的な弱点は、稽古場にもなっている事務所の一室で発声練習をさせているときに表れた。

「紺野センパイ、あの子、横隔膜硬いですね」

 口を挟んできたのは、私が戦力外通告された地下アイドルグループのひとりだった。

「下顎の奥を触ってみて」

「そうそう、顎を上に向けて」

「息を前歯にぶつけるつもりで」

 二人きりでレクチャーするつもりでいたことを横取りしたという自覚はないだろうが、野獣の目をしているのが気になった。


 それに気づいたのか、イフリエは慇懃無礼に頭を下げる。

「すみません、お暇でもないのに、こんなに不器用で」

 あ、いいのよいいのよ、またねと私の「後輩」は流し目をくれながら稽古場を出ていく。

 私は、何事もなかったかのようにイフリエを励ました。

「あんなにきれいな声なのに」

 寂しげな答えが返ってきた。

「ダンピールだってバレないように、気を張っていたせいかな」

 団長も、ルイレムさんにも知られないでいたらしい。

 ダンピールは、たいてい母親が吸血鬼の子を宿して生まれるものだというが、その母親も物心ついたときにはいなかった。

 野良仕事も泳ぎもできない孤児だったイフリエを、同じく孤児だったホーソンが同情して、旅芸人の仲間に加えたのだった。

 だが、固まった身体と息と心を緩めることは、できなくもない。

「でも、その分、時と場合に合わせた話し方、できるんじゃない?」

 

 私が試してみたのは、初めて受けたオーディションで、若い演出に仕込まれた即興ゲームだった。

「こっちへいらっしゃい、って言ってごらんよ」

 手を叩いては、それぞれのシチュエーションを指示する。

「おもちゃ売り場から動かない子供に!」

 イフリエは、ヒステリックな母親の金切り声を上げる。

「優秀なスタッフを引き抜くとき!」

 今度は、甘い声で囁きかけてきた。

 そこで、いきなり難しい課題を出してみる。

「魔界から魔神が呼ぶ声!」

 ぞっとするほどおどろおどろしい声が誘いかけてくる。

「こっちへいらっしゃい……」

 はい、と聞こえた返事に振り向いてみると、あのアイドルグループの「後輩」だった。

 ふらふらとやってきて、はっと我に返る。

「あれ……呼んでくれたんじゃないんですか?」

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