第24話 ブラック芸能事務所の社長にキスの現場を見られて、借金のカタにタダ働きを命じられそうです

 ゴンゴンゴンゴン……。

 2トン車の運転席に載ったまま沈んだ水の底では、こんな音が聞こえるのだろうか。

「お前捕まるぞ、こんな未成年に手え出して」

 聞き覚えのある声で、私は我に返った。

 まだキスを交わす姿勢で、しっかりとイフリエを抱きしめている。

 できれば残りの一生では聞きたくなかった声が、車のドアを叩きながらまた喚きたてた。

「出てこいコラ、昨日辞めたばっかりの地下アイドル崩れ」

 どうやら、異世界では時間がとんでもなく遅く流れるらしい。

 やってきたのは、何の因果か、あのブラック芸能事務所の駐車場だった。

 その社長は、さらに悪態をつく。 

「敷地内で未成年と淫行されて会社潰れたら目も当てられんからな」

 慌てて振り向くと、窓を開けるハンドルをぐるぐる回しながら必死で言い訳する。

「いえ……演技指導です、あの、首の角度の矯正したりして」

「どうでもいいからとっとと出て失せろ」

 ここにも長居はしたくない。

 慌てて車のキーを回したが、エンジンは動かなかった。

 イフリエはイフリエで、何事もなかったかのように私の腕をすりぬけると、反対側のドアから事務所の駐車場に降り立った。

 トラック越しに、社長と交渉する。

「電話貸してください、レッカー移動するので」

 そこで、社長がにやりと笑った。 

「3分10円だ。身体で返せ」

 そっちの趣味はないはずだが、不適切にもほどがある。

 私にキッと睨まれると、そっぽを向いてうそぶいた。

「そんなに長い電話でもなかろう?」

 事務所に駆け込んだイフリエは、きっかり3分後に戻ってきた。

 金と黒の混じった編み髪をゆらして、頭を下げる。

「ごめん、アサミさん……たぶん、身体で返すことになる」

「……え」

 茫然としたところで、敷地内に大きなレッカー車が乗り込んでくる。

 その運転席のドアを開けて飛び降りてきたのは、妙に小柄な爺さんだった。

 小学1年生かそこらに見える身体で運転するレッカー車が2トン車を牽いて走り去った後、その向こうから歩み寄ってきたイフリエは、私に囁く。

「あれ、ノームです」

 異世界でときどき見かけた、細工物の得意な地底の小人だ。

 作り出すものは芸術作品の域に達しているが、仕事を頼めば法外な報酬を要求される。

 イフリエが私に差し出した請求書には、私の通帳残高を遥かに超える額が記されていた。

 それを横からひょいと覗き込んだ社長は、口元を皮肉に歪めた。

「働いてもらうぞ」

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