第23話 魔人扱いされた美少年と共に逃避行を図ったら、思わぬアクシデントでキスを交わす羽目になりました

 客でない人たちが動いている。

 それは、地下アイドルやってたときに見た、運営さんたちに似ていた。

 コンサート会場に、ストーカーっぽい人が来たときみたいな……。

 私は宿屋の廊下を走りながら叫んだ。

「イフリエ! 来て!」  

 曲がり角からひょいと顔を出したところで、手を掴んで引きずっていく。

「アサミさん、何を……」

 いいから、と連れて行った先には、あの2トン車がある。

 ルイレムさんに渡されたキーでドアを開けて、うろたえるイフリエを助手席に放り込んだ。

「馬をつながないと、団長が……」

「その団長に売られかかってるの! あんたは!」

 いつも異世界では、トラックを馬車に偽装している。

 それでは逃げられないのだが、イフリエは、とぼけたものだった。

「まさか……奴隷なんていたの? この国」

「説明は後で!」

 キーを回してエンジンをかける。

 その間にも、プリースターが放ったと思しき人影が、あちこちから近づいてくる。 

 ホーソンは、ダンピールの疑いをかけられたイフリエを引き渡すつもりなのだ。

 怒りに任せてアクセルを踏み込む。

「あの不細工……長いものに巻かれるにもほどがある!」

 トラックが急発進すると、追っ手は散り散りに逃げ去った。

 それを尻目に、土煙を上げて細い街道を爆走する。

 オートマチック車なので、キックダウンを繰り返した。

 時速80㎞……100㎞……。

 ある程度のスピードに達すれば、このトラックは次元を超えられるのだ。

 中世ヨーロッパっぽい文明レベルの異世界から……。

「アサミさん、あの橋!」

 トラックが走れる道が続いているとは限らない。

 目の前に現れた木橋が、2トン車の重さに耐えられるはずもなかった。

 橋桁は崩壊し、トラックは時速100㎞の勢いで、川の中へと飛び込んだ。

 衝撃で開いたドアからどっと流れ込んできた水に、倒れたイフリエの身体が顔まで沈む。

 悲鳴は、苦悶の表情の中に途切れた。

「ひ……」

 血の気が失せた顔を見て、呼吸が止まったのが分かった。

 とっさにハンドルを離して顔を抱える。

 肺の中に残った息を、口移しで力の限り吹き込む。

 思えば、それほど深くも見えない川だった。

 それなのに、次元世界を越える2トン車は、どこまでも暗闇の中へと沈んでいく……。

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