第21話 魔人の疑いをかけられた美少年を救うため、その気はなくてもセクハラ認定できる胸元への視線に耐えます

 私は、とっさにプリースターのそばへ駆け寄った。

「はい、缶ビールです、どうぞ」

 次元世界をいくつも旅していると、こういうこともできる。

 異世界に来る前に、あの馬車っぽい2トン車で走りまわって買い込んだものを井戸水で冷やして、休憩時間に出せるようにしておいたのだ。

 長いものには巻かれる主義のホーソンに言われて、ゴマすりのために支度しておいたものが、本当に役に立つとは思わなかった。

 くだらないダジャレでも、プリースターのように真面目一本槍の相手の意表を突くには充分だった。

 だが、この手の不条理コントならルイレムさんだ。

「段ボールです」

 缶ビールが入っていたヨレヨレのを、鼻先へと突き出されて、プリースターは苛立った。

「だからそれはいったい何だ」

 そこへホーソンが割って入って、私の手からひったくったビール缶を差し出す。

「まあ一杯」

 プリースターは額に青筋を立てて震えていた。 

 だが、ここで怒りを面に出しては王室の威厳を損なうとでも思ったのだろう。

「僧侶の身だ」

 静かな声で答えただけで、稽古場から姿を消した。


 それを待っていたかのように、イフリエは壁に手をつきながら身体を起こした。

 苦しげな息を漏らしながら、告げる。

「僕……ここを出て行く。あんな偉い人にダンピールの疑いをかけられたら、みんなに迷惑がかかる」

 その胸ぐらを毛深い手で引っ掴んだのは、歯を剥いたホーソンだった。

「勝手なことはさせねえよ……そこいらに縛り付けてでもな」

 力任せに持ち上げられたイフリエの身体がのけぞったところで、私は止めた。

「そっとしといてやればいいじゃないですか?」

 ハーフオーク相手に、女ひとりで何ができるものでもないとは思っていた。

 ところが何をどうしたものか、イフリエの華奢な背中が倒れかかってくる。

 それをを抱きとめて床に転がると、ルイレムさんの顔が見えた。

 ホーソンの後ろに回り込んで、その手首を軽く掴んでいる。

 そうやって身体の自由を奪うのも、エルフの技の一つなのだろう。

 ホーソンの耳元に、抑揚のない声でささやきかける。

「私が代わりにやろうか? 呪われ御子を」

 ホーソンが苦々しげに答える。

「アサミのほうがマシだろうな」

 ちらと眺めた先には、その背中の向こうからでもはみ出るエルフの巨乳がある。

 続いて私の胸元に向けられた視線はいやらしいものではなかったが、別の意味で充分にセクハラだった。

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