第14話 スポンサー様の監視のもとで、無学なボスがテンション上げるパワハラまがいのヘボ演出にドン引きします

 聞けば、代々の国王が悩まされてきたのは、夕べの狼男たちなのだという。

 お祭り騒ぎに興奮して床についた男が魔神に魅入られて獣と化し、夜の街を徘徊しては、人を、とくに女を襲ってはさらっていく。

 その獲物になった者は魔神に捧げられ、生き血を啜られるのだった。

 そこまで聞いたルイレムさんが、眉ひとつ動かさずに尋ねた。

「お祭り騒ぎを禁じればいいのでは?」

「庶民の楽しみを奪うのは、国を治めるうえでは下の下策です……昨夜の捕縛者たちも、正気に戻れば私を恨むでしょう」

 真顔で答えた女王は目を伏せたが、その答えには長いものに巻かれる男、 ホーソンでさえも醜い顔をさらに歪めた。

 ただイフリエだけが、その真意に気付いたようだった。

「その裏側で……僕たちを?」

 リニシュテ王国を背負う女王は頷いた。

「力を貸してください……私たちが討伐にかかっているのを、この国のどこかに潜む魔神に気付かせないように」

 そんなわけで見送りもなく、とぼとぼ徒歩で街へと戻る途中で、いつになく肩を落としたホーソンが、ぼそりと尋ねた。

「……どうする?」

 ところが、宿屋で支払いがタウゼンテ持ちになったと知るや、天下でも取ったかのようにふんぞり返った。

「まあ、黙って俺についてくるんだな」

 いつもは食わない昼メシを豪快に平らげるホーソンを見て、こいつに何かとイラつくのは、昔の事務所の社長に似ているからだと気がついた。


 それでも、稽古はしなくちゃならない。

 まず、ステージの上に並んで発声練習をする。


  あめんぼあかいな アイウエオ……。


 私のいた世界から拾ってきたらしい北原白秋の詩、『五十音』だ。

 意味のない言葉遊びは、異世界ではなおのこと、何のことだか分からないだろう。

 それでも、さすがにルイレムさんの声は、エルフならではの美しさだった。

 思わず聞きほれてしまいそうなところで、イフリエの声が不思議にハモる。

 少年アイドル並みのハイトーンで、魔法にかけられたような気分になる。

 それでも正気を保っていられるのは、獣の声が混じっているからだ。

 言わずと知れたホーソンの声なのだが、この混声合唱を初めて聞いたときが、私の運命の曲がり角だったとつくづく思う。

 

 しかも、女王様直々のオファーのせいか、ホーソンのテンションは妙に上がっていた。

「イフリエ、次のシーンのセリフ入れてきたか?」

 女王タウゼンテの出資で宿屋の中に稽古場まで確保してもらっただけではない。

「そこじゃねえ、ここに立つんだよ」

 地下アイドルをやっていた頃にもいたヘボなディレクターぶりに、ルイレムさんも私のすぐそばでぼやいた。

「台本なんて書いたこともないくせに」

 エルフの世界に劇文学があるのなら、読んでみたいという気はする。

 オーディションで受けた付け焼刃の講習だけでも、そんなことを感じさせる効果はあった。

 もっとも、ホーソンはホーソンで、その場その場で考えた台詞を「口立て」でイフリエに覚えさせている。

「ほら、言ってみろ!」

 その大きな進歩は、ルイレムさんも認めるところだ。

「読み書きができない割にはね」

 だから即興に近いドタバタ喜劇をやってきたのだが、今度ばかりは違う。

 稽古場の奥で、私たちのやっていることをじっと見つめている黒衣の若者がいた。

 女王タウゼンテの側近、司祭のプリースターだ。

 私たちへの依頼にあたって、この出し物を提案してきたのだった。

 元の世界だったら、公演パンフレットに「原案」として名前を載せなければならないところだ。

 こういうのがいると稽古場が息苦しくていけないが、仕方がない。

「スポンサー様にゃ逆らえない」

 ため息交じりのぼやきは、もちろん、ルイレムさんには分からない。

 首をかしげたのをどう誤解したのか、プリースターは穏やかに微笑しながら恭しく頭を下げた。

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