第13話 お忍びの若き女王様がステージの真ん前で聞いていた私の歌で魔神討伐を依頼なさいました

「やめなさい」

 私は、やめてください、とようやくのことで言ったに過ぎなかった。

 雷にでも打たれたように兵士たちが振り向いた先には、それをより強い言葉で命じた声の主が立っている。

 宿屋の戸口に立っているのは、ステージの正面で私を見上げていた少女だ。

 人狼のいる裏庭に、私を出すまいと死に物狂いで抱き留めた少女……。

 兵士たちはひざまずいて、その名を呼んだ。

「仰せのとおりに……陛下!」

 月明かりの下に歩み出た、リニシュテ王国の女王タウゼンテが私に微笑む。

「我が兵に逆らったこと、あなたの勇気に免じて許しましょう」 

 

 女王の計らいで宿屋の部屋をあてがわれて、私は久しぶりのベッドで眠ることができた。

 そのおかげで寝過ごして、部屋のドアを乱暴に叩くホーソンの声で目を覚ます。

「起きろ! どいつもこいつも分不相応なもんに潜り込みやがって!」

 物心ついたときから馬車の中やら納屋の中やらで寝泊まりしてきたホーソンは、慣れないベッドで寝着けずにいたのだろう。

 苛立たしげな喚き声で、私を急きたてる。

「お城からのお迎えだ! 普段着でいいから、さっさと来いってよ!」

 言われるままに外へ出てみると、シンデレラを待つカボチャの馬車ではなく、しがない旅芸人を迎えに来た兵士たちが待っていた。

 イフリエのぼやきは言い得て妙だった。

「ダンジョンで捕まって連行される、ならず者の集まりに見えなくもないよね」

 ハーフオークに生まれた団長のホーソンを責めてはいけないが、城への狭い街道を挟む人垣からの、無数の視線は痛かった。

 ただ、エルフのルイレムさんだけが平然と歩き続ける。


 街外れにひっそりと建てられた大きな別荘が、女王の「城」だった。

 壁にツタの這う大きな屋敷の主が、とくに着飾るでもなく、しかし品のある装いで正面玄関から現れる。

「お呼びだてしておきながら、平服で失礼いたします。これがリニシュテ王国の作法ですので」

 招かれるままに私たちが通されたのは、古めかしい書斎だった。

 タウゼンテは、頑丈そうに黒光りする机の向こうから、古い革張りの長椅子を勧められた私たちを見据えて語る。

「代々の国王は、ここで大切な頼み事をしてきたのです……我が民を、あの魔神から救ってほしいのです」

 しがない旅芸人にできることではない。

 ホーソンが話を遮ろうと立ち上がったところで、タウゼンテは私を見つめて言った。

「あの歌だけが頼りなのです」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る