第11話 ファンだと思っていた人狼たちの群れからかばってくれたのは、意外なことにあの美少年でした

 戸口から外へ飛び出した私だったが、遅かった。

 月明かりの下には、とんでもない光景が照らし出されている。

 プラチナブロンドの髪を輝かせるルイレムさんが、集まった人影を片っ端から、拳や手刀や蹴りを叩きこんで薙ぎ倒しているのだ。

 慌てて私が駆け寄ると、微かな声で叱り飛ばされた。

「何でもないって顔で」

 いられるわけがない。

「ちょっと、ファンに乱暴は」

 巨乳のエルフは、ひと言だけ囁いて、すがりつく私の腕をすり抜けた。

「こいつらが正気ならね」

「ファンってこういうもんなんじゃ」

 日が落ちているのに帰らないで集まってくれるなんて、願ったりかなったりだ。

 そう思ったとき、肩に手がかかったが、これはNGだ。

 あの、と言って振り向いたところで、息を呑んだ。

 私の目の前にあったのは、目に禍々しい光を宿した狼の頭だった。

 ……人狼?


 逃げようにも、足がすくんで動かない。

 ルイレムさんは、こいつらと戦っていたのだ。

 襲いかかってくる連中を凄まじい格闘術で凌いではいるが、助けを求めようにも、とても私のところまでは手が回らない。

 私の両肩を掴んで引き寄せる人狼が、大きな顎を開いた。

 恐怖で喉が締め付けられて、悲鳴も出ない。 

 代わりに、微かな声がぼそりと聞こえた。

「アサミさんに触るな」

 誰の声だか、考える余裕もなかった。

 肩を掴んだ人狼の指が緩んだところで、逃げだすのが精一杯だったのだ。

 冷たい地面に尻餅をついて見上げると、一陣の風が人狼との間を吹き抜けた。

 華奢な身体が、私をかばって立ちはだかる。

 それが声の主だと気付くまでには、少しばかり時間がかかった。

「イフリエ……くん?」

 月明かりの中に揺れる、混じりっ毛の髪の房で私がその名を思い出すまでの間、しなやかな身体の少年は人狼と睨み合っていた。

 やがて、振り上げられた爪が叩きつけられたが、身軽なはずのイフリエは風のように身をかわすことはなかった。

 私が動けないからだと気付いたとき、人狼がイフリエの横面を左右から張り倒した。

 その度に崩れ落ちそうになる身体が、持ち直しては両足で地面を踏みしめる。

 私は、思わず叫んでいた。

「もうやめて!」

 イフリエの頭に食いつこうとしていた人狼は前のめりになったまま、動きを止めた。

 その険しい獣の顔が少し緩んだような気がする。

 昼間の観客の中に、こんな感じの顔があったような気がした。

 私の歌に、じっと聞き入っていた顔が。

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