第9話 地下アイドル時代の歌をステージ衣装20歳過ぎて歌ったら、急にテンション上がって頭の中が真っ白になりました。

 ホーソンがハーフオークの醜い顔を歪めて歯を剥くと、イフリエはルイレムさんが脱ぎ捨てた衣装の上に足を揃えてへたり込む。

 胸がきゅんと締め付けられるような気がして、思わず叫んでいた。

「私が行きます!」

 地下アイドルをやっていた頃、箱馬を積み重ねてガムテープで固定しただけの階段をどれほど、繰り返し駆け上がったことだろうか。

 私の足は何年ぶりかで舞台を踏んでいた。

 チアガールのようなミニスカートと、どう考えても20歳過ぎには似合わない制服っぽいジャケット。

 集まった観客の空気が一瞬で変わったのが肌で分かって、恥ずかしさで頭が真っ白になる。

 それでも、私はその全員の胸にボールを放り込むような気持で叫んだ。

「みんな! お待たせ!」

 客席は、水を売ったように静まり返った。

 やっちまった……かな?

 そこで、ふと気付いた。

 ステージかぶりつきで、じっと私を見上げている女の子がいる。

 待っているのだ、と直感した。

 この子は、今まで見たことがないものを、私に求めている。

 マイクも伴奏もなく、私は地声のアカペラで歌いはじめていた。 


 ねえ、起きて!

 お腹空いてるでしょ?

 もう朝だよ!

 ベッドの上にしがみついてないで

 私の手を取って!


 地下アイドル時代、いつもそばにあった歌が、身体を通してほとばしり出る。

 そのうち頭の中が真っ白になって、気が付くと、私は舞台上の静寂の中にいた。

 やっちまった……。

 地蔵倒れに倒れかかったところで、ルイレムさんの巨乳で支えられた。

 仮縫いの糸がほつれかかっていたのに気付いて慌てる。

 どうしよう……。 

 そこで舞台へ駆け込んできたのは、ぶかぶかのスカートをたくし上げた美少女だった。

 爆笑の声で分かった。

 ルイレムさんが脱ぎ捨てたエルフの衣装で女装したイフリエだ。

 ようやく動き出した足で慌てて舞台を駆け降りると、喚き散らすホーソンの声が頭の中に響き渡る。

「なんだその服は!」

「ちょっと無理です」

 トシも考えず、仮縫いの衣装で、とっくに終わったアイドル時代の持ち歌を披露なんてことは……。

 目を固く閉じて即答すると、ホーソンの下卑た舌打ちが聞こえる。

 そこで、私の前に突き出されたものがあった。

「じゃあこっちで」

 真っ黒な毛皮が、ホーソンの節くれだった指に掴まれて差し出される。

「……え?」

 そこで、客席からどっと笑い声が聞こえた。

 イフリエとルイレムさんが、珍しく笑いを取っているのだろう。

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