第8話 本番を迎えた舞台で、滑りかかったハーフオークのネタをフォローしようとした巨乳エルフは客席を凍りつかせる

 次の日のことだった。

 宿屋の中庭にしつらえられたステージの前には、泊りの客だけでなく、近所からの見物人がひしめきあっている。

 舞台袖になっているのは、コの字型に立てられた棟の両端だった。

 その下手側で出番を待っていると、久々に胸が高鳴ってくる。

 地下アイドルをやっていた10代の頃から変わらない、ステージに立つ前の緊張感だ。

 それを台無しにしてくれたのは、不機嫌そうな野太い声だった。

「なんだその服は」

 ステージから降りてきた虎が、二本足で立ちはだかったのに身体がすくむ。

 その中にいる座長のホーソンが、こだわりにこだわりを重ねて作った着ぐるみだ。

「え……あの服持って来いって、昨日」

 地下アイドルをやめるときにもらった、この仮縫いのステージ衣装じゃないとすると……。

「何でもいいから持って来い!」

 私が出られない場をつなぐために、ハーフオークが吠えながら舞台へと駆け上がっていく。

 入れ違いにルイレムさんが、私がこの劇団に入ったときに着ていたピンクのジャージを持ってやってくるなり、淡々と尋ねた。

「代わりに着ていいか?」

 胸のサイズが違いすぎる。 

 私が何も言わないうちに、目の前には、エルフ耳のもっさり巨乳娘がいた。

 そこで、ドタバタ戻ってきたハーフオークのホーソンが唸り声を上げた。

「この服じゃねえよ」

 そこで、一拍遅れてやってきた血色の悪い美少年のイフリエがおそるおそる差し出してきたのは、見覚えのない、妙にリアルな熊の着ぐるみだった。

「とても言えなくて……アサミさんには。思ってたより、お客さんがあったまってて」 

 その弁解に、ホーソンの怒りは、発火寸前だった。 

「これ以上やったら客が引くってのか、俺のネタは」

 本物そっくりの虎と熊が鉢合わせする。

 台本がないので立ち往生する熊に、虎はこう言うのだろう。

 ……安心しろ。俺もだ。

 古典落語の『動物園』のオチを思い出した私が熊の着ぐるみを手に取ろうとしたときだった。

 ホーソンが、鋭く声を潜める。

「イフリエ、止めてこい」

 ふいと階段の向こうを見ると、胸も尻もパッツンパッツンのジャージ姿に、客席から男どもの歓声が上がる。

 だが、ルイレムさんはそれに背を向けると、黙って座り込んだ。

 一気に冷え込んだ客席を見つめて、イフリエはぼそりとつぶやく。

「僕じゃ無理」

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