第6話 誇り高いエルフは折れることなく言いたいことを言います

 そこへ、舞台で出ずっぱりだった少年が駆け込んできた。

「神様役の出番だよ、ルイレム」

 長く編んだ亜麻色の髪には、いくつもの黒髪の房が螺旋を描いている。

 ルイレムさんは冷たく返事をする。

「座長に出るなと言われたが?」

「お客さんを笑わせようとするからだ!」

 大真面目に言い捨てていくイフリエの担当はというと、少年や若い女性の役だ。

 重い腰をなかなか上げようとはしないルイレムさんが気になって声をかけた。

「あの……出番は?」

 それを聞いているのかいないのか、ルイレムさんは小声で私に囁いた。

「これだけは、譲れないから……分かる? 私の目指しているもの」

 リアクション取らなかったり、かと思えば同じ反応を繰り返したり、ひと言もしゃべらなかったり、身じろぎひとつしなかったり。

 不条理劇というのか、実験演劇というのか。

「分かりませんけど……誰かが分かってくれますって」

 励ましにも何もなっていなかった。

 それでも、ルイレムさんは自信たっぷりに答える。

「だから、よそ行こうかと」

 一度決めたら、どんなに横槍が入っても、話をそらされても、話は最初に戻ってくる。

 さすがはルイレムさんだった。

「一緒に行かないか?」

 胸の谷間を見せてにじり寄るルイレムさんの凄まじいまでの色気と気迫に、私は思わず後ずさった。

 この旅芸人たちとの異世界道中を始めてから、私には、何もない。

 ネタも寒いが態度も冷たいエルフは、静かに身体を引いた。

「まずは、ここを出ていこう」

 開け放たれたドアの向こうから、舞台のでの声だけが聞こえてくる。

 ……遅い、遅すぎる!

 ……真打は最後に現れるもんだって座長が!

 ……俺がいつ、あいつを真打にした!

 ホーソンとイフリエが、ルイレムさんが出てこない間を必死でつないでいる。

「稽古見てるうちに、放っておけなくなって」

 それは、売れないままで地下アイドルの時代を終わらせてしまった私にしか分からない気持ちだった。

「自分で何とかするんじゃないか?」

 簡単にそう言われると、何だか腹が立ってくる。

 なぜかは本当に分からないが、つい言い返していた。

「ちょっと冷たくありません?」

「出ていけば関係ない」

 だが、 たとえルイレムさんと一緒でも、ここを出ていけないのには別のわけがあった。

 そんなことを知るはずもないのに、この巨乳のエルフは怪訝そうな顔で尋ねてきた。

「……ああいうのが趣味?」

「……いや、ちょっとトシが離れすぎてます」

「美しくはないな」

 ルイレムさんのネタを目にするときと同じくらい、絶句するしかなかった。

 本当にどうでもいいことなのだが、聞いてみた。

「逞しいのが好きですか?」

「私なら相手を選ぶ」

「充分細いと思いますが」

 そこで、ルイレムさんは美しい眉をあからさまにひそめた。

「団長じゃないの?」

「イフリエです!」

 それが聞こえたのか、当の本人がすっ飛んできた。

「僕に何か用? アサミ!」

 黒と亜麻色の混じった長い編み込み髪を揺らしながら、細身の少年が深い緑色の瞳で見つめている。

 呼んだわけでもないので返事に困っていると、イフリエはその目をルイレムに向けた。

「早く来て! もう待てないよ、僕も団長もお客さんも!」

 ルイレムさんは音もなく、炊事場を出ていく。

 ただ、微かな声が風となって、私の耳元を撫でていった。

 考えといてね、と。


 あれは、どのくらい前の、どの世界でのことだっただろうか。

 それが分からなくなるほど、この異世界劇団とはながいこと次元世界をまたいで旅公演を続けてきたのだった。


 返事は、未だにできていない。

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