第5話 異世界で歌うメシスタントはモンスター上司のパワハラに耐えます
中学1年生でハマったアニメがきっかけでアイドル声優を目指した。
それが今では……。
私はひとり、古い、目の粗いレンガが積み重ねられた炊事場の隅で、姐さんかぶりを解く。
自慢のアニメ声にもの言わせて、ちょっと歌ってみた。
ねえ、覚えてるかな
夢を語り合ったあの日
でも、いまはひとり
君との夢を歌うだけ……
中学1年生でハマったアニメがきっかけでアイドル声優を目指した。
親の反対を押し切って、高校と専門学校の合間に地下アイドルもやってみた。
それが今では……。
「アサミ、ちょっと頼まれてくれ」
この宿屋に芝居を掛けている旅芸人一座の座長、ホーソンが、毛の生えたごつい指で、大きな果物を目の前に突き出した。
「リンゴの皮剥いといてくれ」
大きなのが3つくっついて、人間の胴体くらいになっている。
「私飯炊きじゃないんですけど」
「自分の服、食っちまうシーンに皮使うんだよ」
服の切れっぱしに食いつくシーンでもあるのだろうか。
この旅芸人一座と様々な次元を渡り歩いてきたが、やはり異世界のセンスはよく分からない。
そこで、宿屋の中庭の方で舞台が静まり返った。
座長のホーソンは舌打ちする。
「いけねえ、またやらかした、あのエルフ娘」
そこでうっかりリンゴの皮をすっぱり切ってしまった私は、いきなり肩をとんと叩かれて縮み上がった。
「これでは無理ですね」
澄んだ声に振り向くと、絵に描いたようなプラチナブロンドの巨乳エルフがいた。
「……どうしましょう、ルイレムさん」
どこかの次元の、どこかの深い森の中から出てきたエルフはちょっと考えていたが、ふらりと炊事場から外へ出ていったきり、しばらく戻ってこなかった。
代わりにやってきたのはホーソンだ。
「ルイレムどこだあ!」
戸口からルイレムさんがひょっこり現れた。
「ああ、皮を剥いてきたので」
淡々と答えながら広げてみせたのは、金持ちのリビングの床にひいてある虎のアレを思わせる、まっ黄色の大きな皮だった。
私も、そこで調子を合わせる。
「服を食っちまうシーンに使う皮です」
ホーソンは黄色い皮を羽織って、そのまま舞台へと行ってしまったが、すぐさま戻ってきた。
「俺にアカニガママレドノモトの皮食わせたのはどっちだ!」
アカニガ……?
あの大きな皮は、その真っ黄色した何とかのモトとかを剥いたら取れるらしい。
手を上げると、ルイレムさんは私を指差していた。
……それはないんじゃないですか?
ところが、ホーソンの不細工な顔はいきなり、ニタリと笑った。
「なかなかうまかったぞ、あれ」
そう言うなり、出番が来たのか、いそいそと炊事場から出ていく。
私とルイレムさんは、ふたりでへたりこむと、また安堵のため息をついて顔を見合わせた。
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