第5話 異世界で歌うメシスタントはモンスター上司のパワハラに耐えます

 紺野麻美こんの あさみ、 24歳。独身。

 中学1年生でハマったアニメがきっかけでアイドル声優を目指した。

 それが今では……。

 私はひとり、古い、目の粗いレンガが積み重ねられた炊事場の隅で、姐さんかぶりを解く。

 自慢のアニメ声にもの言わせて、ちょっと歌ってみた。


  ねえ、覚えてるかな

  夢を語り合ったあの日

  でも、いまはひとり

  君との夢を歌うだけ……


 紺野麻美こんの あさみ、 24歳。独身。

 中学1年生でハマったアニメがきっかけでアイドル声優を目指した。

 親の反対を押し切って、高校と専門学校の合間に地下アイドルもやってみた。

 それが今では……。

「アサミ、ちょっと頼まれてくれ」

 この宿屋に芝居を掛けている旅芸人一座の座長、ホーソンが、毛の生えたごつい指で、大きな果物を目の前に突き出した。

「リンゴの皮剥いといてくれ」

 大きなのが3つくっついて、人間の胴体くらいになっている。

「私飯炊きじゃないんですけど」

「自分の服、食っちまうシーンに皮使うんだよ」

 服の切れっぱしに食いつくシーンでもあるのだろうか。

 この旅芸人一座と様々な次元を渡り歩いてきたが、やはり異世界のセンスはよく分からない。

 そこで、宿屋の中庭の方で舞台が静まり返った。

 座長のホーソンは舌打ちする。

「いけねえ、またやらかした、あのエルフ娘」

 そこでうっかりリンゴの皮をすっぱり切ってしまった私は、いきなり肩をとんと叩かれて縮み上がった。

「これでは無理ですね」

 澄んだ声に振り向くと、絵に描いたようなプラチナブロンドの巨乳エルフがいた。

「……どうしましょう、ルイレムさん」

 どこかの次元の、どこかの深い森の中から出てきたエルフはちょっと考えていたが、ふらりと炊事場から外へ出ていったきり、しばらく戻ってこなかった。

 代わりにやってきたのはホーソンだ。

「ルイレムどこだあ!」

 戸口からルイレムさんがひょっこり現れた。

「ああ、皮を剥いてきたので」

 淡々と答えながら広げてみせたのは、金持ちのリビングの床にひいてある虎のアレを思わせる、まっ黄色の大きな皮だった。

 私も、そこで調子を合わせる。

「服を食っちまうシーンに使う皮です」

 ホーソンは黄色い皮を羽織って、そのまま舞台へと行ってしまったが、すぐさま戻ってきた。

「俺にアカニガママレドノモトの皮食わせたのはどっちだ!」

 アカニガ……?

 あの大きな皮は、その真っ黄色した何とかのモトとかを剥いたら取れるらしい。

 手を上げると、ルイレムさんは私を指差していた。

 ……それはないんじゃないですか? 

 ところが、ホーソンの不細工な顔はいきなり、ニタリと笑った。

「なかなかうまかったぞ、あれ」

 そう言うなり、出番が来たのか、いそいそと炊事場から出ていく。

 私とルイレムさんは、ふたりでへたりこむと、また安堵のため息をついて顔を見合わせた。

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