第18話 移籍をやめて実家に帰るつもりだったのに、異世界から来た移動劇団の情にほだされてしまいました

 4畳半の部屋で昔ながらのちゃぶ台の上にお茶とお茶菓子を置いて、私は平伏した。

「申し訳ありません。思うところあって、実家に帰ることにいたしました」

 不細工な男は悔しげに歯を剥いた。

「確かに、ウチはしがない旅芸人だがな……」

 ホーソン、と女がなだめた。

 外国人なのか、と思ったところで、男は腹の底の思いを吐き出すように自嘲した。

「俺はな、見てのとおりの合いの子だよ」

 見ただけでは分からなかった。

「オヤジが誰だかも分からねえ……何だったかは自分の顔で分かるがな。ガキの頃にオフクロからも放り出されてよ、旅芸人の一座で厄介になったんだ。似たようなガキどもと一緒に軽業叩きこまれて、誰よりもうまくやらねえと生きてこられなかったのさ。汚ねえこともさんざんやって、自分の一座持って、やっとここまで来たんだよ」

 そこで言葉に詰まった男は、二つに折った身体を振るわせて黙り込んだ。

 そこで、今度は巨乳の美女が口を開く。

「私も、故郷を出て随分になります。周りがやっていることに飽き足りなかったんですね。私のやりたいことが、どんな世界でも通用すると証明したくて……どこも次元が低いんですけど、いつかは、と思ってます」

 周りに合わせられず、いろんな事務所とか劇団を転々とするタイプだ。

 

 やがて、混血を自称する不細工な男が、ちゃぶ台の向こうで平伏した。

「頼む! ワシらだけじゃやっていけねえ! 売れないのに耐えかねて、この間、ひとり辞めちまった。明日っから食うものもない! 助けてくれ!」

 答えに困って、とりあえず言ってみた。

「あの……お顔を上げてくださいませんか?」

 いえいえ、と卑屈に答えながら、男は巨乳女の背中を押して平伏させようとする。

 だが、冷ややかなひと言と共に、身を翻してかわされた。

「私はしません、そういうことは」

「お前なあ!」 

 牙を剥くその顔は、まさに鬼だった。

 身体をすくめる私を見て、巨乳女は仕方なさそうに溜息をつく。

 優雅な身のこなしで、深々と頭を下げた。

「どうぞ力をお貸しください、異郷の方」

 その頭から、すっぽりと抜け落ちたのは黒髪のカツラだった。

 長いプラチナブロンドの髪がこぼれ落ちる。

 2.5次元のコスプレなんかではない、本物の銀髪を揺らして身体を起こした女の姿は神々しいまでに美しかった。

 劇団の名前通りの異世界が向こうからやってきたのを感じたとき、現実に疲れた私の口は、つい、答えてしまっていた。

「こちらこそ……」

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