第17話 作戦会議
掃除の時間。外の窓を拭きながら、世間話でもするように私は健太に話しかける。
「手短に話そう」
「ああ」
「そうだ。まず、君がどうして潜入することになったのか経緯を教えてよ」
私がそう言うと、健太は面倒くさそうに顔をしかめた。私は畳みかけるように言った。
「ねえ、もしかして、神父さまの好みの顔だったから……とか? それなら災難だったね」
「違う。……ただ単に頼まれただけだ。未成年で護身術ができるから適任だと。潜入捜査なんて馬鹿げていると言ったが、聞く耳持たずだ」
健太はわざとらしく大きなため息をついた。
そんな様子を見ながら、私は「へえ」と相槌を打つ。
「護身術、強いんだ?」
「まあな。柔道は段を持っている」
「すごいじゃないか。柔道って難しいんでしょ」
「もちろん段位を取るまでが大変だった。練習はつらかったな。でも、強くなるのは楽しかったよ。まあ、今となってはどうでもいい話だけどな……」
健太はそう言って窓に手を置くと、遠い目をした。何かを思い出したように笑うと、窓拭きを続行する。
「……これで満足か?」
「柔道のことはね。ところで警察の持っている情報をもっと詳しく教えてほしいな。例えば、麻薬の捜査のこととか」
「なぜだ」
健太は眉を潜めた。私は少し間をおいてから、慎重に口を開く。
「お互いに協力し合えるかもしれないでしょ? 僕が麻薬捜査の一端を担えるかもしれない。だから、君の情報が欲しい」
健太は黙っている。その瞳に射抜かれるようだった。
「安心してほしい。警察に言ったり、君の不利益になることをするつもりはないよ。僕もプライドがあるからね」
「……見返りは?」
健太の言葉に私は少しだけ考えた後、こう答えた。
「僕は怪盗ヴェールだよ? もちろんお宝をいただくよ」
「なるほど。わかった」
健太は頷くと、ポケットから手帳を取り出した。どうやらそれが捜査資料らしい。私は、よくそんなに小さなものが入るな……と感心する。
「麻薬の捜査については極秘任務で、あまり詳しくは教えられないが……」
手帳をめくりながら健太は言う。
「多額の献金をしたら、特典として麻薬入りの聖典をもらえるらしい。あくまでも憶測だが」
「もしかして、警察の人が信者になりすましたの?」
「そうだ。聖典を開いたら、中身がなくて小物入れになっていたから怪しいと」
「……そうなんだね」
私は頷いた。警察の捜査が抜かりのないことに感心してみせる。
「神父の怪しい部屋は、鍵が閉められて入れない。彼のいない隙を狙うとすれば、ミサの時間だ」
神父がミサに入れば、一時間程は戻ってこない。
そうして二人は打ち合わせ通りに、午前のミサの時間を狙って書斎にやってきた。左右を警戒しながら、書斎のドアの前に立つ。
健太は落ち着かないのか、頻繁にこちらに視線を寄越した。
「どうしたんだい?」
「探偵の俺が言うのもなんだが……罪悪感があるな」
私はへらっと笑った。こういう潜入捜査は慣れっこだ。むしろ気持ちが昂っている。まあ、ちょっとばかし悪いことをしているようでドキドキするけどね……。
ピッキングに使う針金を取り出すと、ニヤリと笑った。
「僕にまかせて」
鍵穴に針金を差し込む。少しして、かたん……と解錠された音がした。ドアノブを回し、少しずつドアを押す。隙間から顔を出し、書斎の様子を確認する。人影は見当たらない。私は書斎に入ると鍵をかけた。
「お前って、味方になると心強いんだな……」
健太は感嘆のため息をついた。私の手際の良さに感心したようだ。その反応に気をよくした私は鼻高々に言う。
「それは奇遇だな。僕も同じことを思っているよ」
なぜか息はぴったりだ。いつも追いかけ回されている相手だからだろうか。
私と健太は目を合わせると、フッと鼻で笑った。
「これが、お前の目当ての絵か?」
健太は絵を見上げた。私はそれをじっと見つめる。
「そう。その絵だ……」
その絵は、神父が隠し持っていたもので、題名は『尊き月』だ。
夜空に浮かぶ月に、白いペガサス。想像上の生き物なのに、湖畔で羽を休める様子は今にも動き出しそうに見えて、魅了される。
絵からは私にしか見えない黒い靄が発生していて、思わず呟いた。
「こんなところに飾られているのは可哀想……」
「可哀想だからって盗むのか?」
「だってこれは、ここにあってはいけないもので……おっと、探偵くんには関係ないか」
「……今回は聞かなかったことにしよう」
健太はバツが悪そうに肩をすくめた。
「それで、探偵くんの目当てのものは?」
私は部屋を見渡して尋ねる。
「この部屋に保管されてるらしいんだが……隠し扉の可能性もあるな」
健太はそう言いながら本棚やデスクの下を探す。しかし、隠し扉の類は見つからないようだ。私はため息をついた。
「……ここはハズレかな」
「しっ!」
私が諦めて書斎を後にしようとすると、健太は口元に人差し指を立てて、私を引き止めた。
「足音だ。誰か来る」
耳を澄ますと、確かに足音が近づいてきた。それは次第に大きくなり、書斎の前で止まる。
「こっちに来い」
健太から襟を引っ張られると、テーブルクロスの掛けられた長机の下に二人で隠れることになった。
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