第7話 僕の仕事②

建物の入り口には2人の警備兵が立っており、ククルが何やら話をしている。


「入っていいそうだ。行こう」

「はい」


外から見るよりも建物の中は高級な作りをしている。

外観は安っぽいが、室内は高級ホテルと言ったところだろうか。広さはないが、置かれている置物や壁の装飾品は高級感がある。床は光沢のある石造りで大理石のオブジェも飾られている。


「うーん、奥の部屋だね」


ククルは手帳にメモした依頼人と会う場所を確認している。

ククルがメモを確認するのは珍しい気がする。普段は何も見ず、全てを記憶して動いているのに、今回は何か違うのだろうか。それとも単に忙しくて覚えていないか?


「依頼人はどんな相手なんです?」

「そうだね。いつも通りしょうもない相手さ」

「えー、またそれですか」


ククルに依頼相手や依頼内容を聞くと大抵この答えである。

実際、しょうもない相手なのかも知れないが、少しは教えて欲しい。聞いても聞かなくても仕事に変わりはないと言えばそれまでなのだが......。

そんなことを思いながら、僕らは建物の奥へ進む。


「あ、そうだミキオ。最初に護衛してもらった時の約束はちゃんと覚えてる?」

「相手が誰であれ、合図をしたら殺せ。合図がなければ殺されそうでも助けるな」

「よろしい」

「後者の内容って、護衛としてどうなんですかね」

「そうね。アララは後者のところ苦手よね。それ以外は優秀なんだけど」


イメージ通りである。アララなら、ククルが殺されそうなら命令無視して助けそうだ。ククルが僕を護衛に選んだとき、最初に任務で仕事に出るときだが、そのとき覚えさせられた決め事が「相手が誰であれ、合図をしたら殺せ。合図がなければ殺されそうでも助けるな」だった。護衛のはずなのだが、合図を待たないといけないとは不思議だなと感じた。確かにククルなら簡単には殺されないとは思うけど、普通、護衛対象に危害が加えられそうならその瞬間に相手を制圧もしくは殺す気がする。

ちなみに今までの護衛では、この約束に関わりそうな案件はなかった。


「この部屋だね」


僕らは建物一番奥にある部屋の前に辿り着く。そこは他の部屋よりも分厚い扉のある部屋だった。イメージとしては開けると地下室への下り階段でもありそうな、そんな雰囲気である。ゲームだったら、開けた瞬間に敵が飛び出してくるなんてものありそうだ。


「そういえば、ここには守衛はいないですね」

「案外そんなもんだよ。ミキオ、開けて」


ククルは扉を指す。

僕は了解と一言呟いてから、扉を開けた。

今回は予想通りだ。扉を開けるとそこは地下への階段だった。どこまでも暗く、先は見えない。途中に灯りのようなものも見えない。


「ミキオ灯りある?」

「あ〜確か、出発前にメェリから渡された荷物の中にあった気がー」


僕は小さなカバンを開き中から発光石のついた松明を取り出す。発光石、それは衝撃を加えると光る不思議な石で、それを太い木の枝につけたものがこの世界では一般的な松明として利用されている。もちろん火や蝋燭もあるみたいだが、取り回しが良いので発光石が重宝されると言う。難点は灯りを任意で消せないことらしい。なので戦場では使う場面は限られると先日の任務中にドロンから教わった。

僕は近くの壁に発光石を打つけ灯りをつけた。真っ暗な階段下を照らしてみるが、やはり終わりは見えない。


「持ってて良かった発光石。降りますか?」

「もちろん」

「了解」


そりゃそうだろうと思いつつも僕はククルに確認してから僕らは階段を下る。もちろん先に行くのは僕だ。彼女の護衛としての仕事をこなさないといけない。暗闇で下りの階段。僕としてはあまり置かれたくない状況だ。それに建物に入ってからずっとククルの後ろに誰かいる。もしかするともう少し前からつけられていたのだろうか?外を歩いているときは、人通りが多いせいか気づかなかった。


「ミキオはさ、気づいている?」

「気づいてますよ」

「流石だね」


そのとき、階段が終わった。正面にはまた扉だ。大体2フロア分ほど下ったのだろうか。今度は先ほどよりも厚みはなく、至って普通の扉。この先に部屋があって、そこに依頼人がいるのだろうか?後ろの気配は近づいては来ていない。


「よし、入ろうか」

「いいんですか?」

「ん?あぁ、そっちはいいよ。まず入るのが先決」


現状、ククルの命令は絶対だ。ククルが後ろを気にするなと言うなら、僕も気にしない。まぁ、向こうも様子見なら何とでもなるだろう。

僕は扉をゆっくりと開けた。


「ようこそ、待ってましたよ。団長さん。待ちくたびれたと言っても良いくらいだ」


そう言ったのは、恰幅の良い男性。服装はきっちりしており、身なりは整っている。それに腕や首にいくつかアクセサリーもしているようだ。それに驚くべきはこの部屋だろう。広い客間ほどの広さで、大きなソファとテーブル、そして幾つか高級そうなオブジェが並んでいる。天井も高く、地下室という雰囲気はない。さっきまでの真っ暗な階段が嘘のように明るい。まるで豪邸の一室のようだ。


「遅れて申し訳ない、ハンコット・バンコット殿。道中道が混んでいてね。この国はいつきてもは変わらないね」

「ささ、団長さん、こちらにおかけ下さい」


ハンコットと呼ばれた男は自分の正面のソファを示した。部屋には彼を含めて7人いる。格好からして従者が2名。護衛用の兵士が4名といったところだろうか。このハンコットという男は結構なお偉い方のようだ。

ククルはハンコットの正面に座る。すぐに従者がお茶の用意を進めている。僕は彼女の背後に立った。部屋の扉は閉められる。ククルの後ろをつけていた誰かも階段あたりで引き返したようだ。この建物にいるハンコットの手のものだろうか?

手際よくククルの元にお茶が用意される。


「今回は一体どんな要件ですか?」

「単刀直入に言いますが、私を狙う者を排除して頂きたいのです」

「それは...... あなたの護衛のご依頼?」

「いいや、護衛ならここにいる者や外にいるもの、他にも用意できる。私は今、何者かに命を狙われているのです」

「お心当たりがあるんですね」

「いや、それが全くないのです」


ハンコットはそう言うと、懐から一枚の紙を取り出す。

それは白黒の写真のようなものだった。確か、見せてもらった呪いの一種でモノクロの写真が作れるものがあったから、多分それで作られたモノだろう。


「ここに写っている男が私の命を狙っています」

「あー確かに小さく1人写っていますね、ただこれだと顔がわからない」

「えぇ。誰かはわかりません。けれど、私はこの男に命を狙われているのです。なので、この男とその背後で指示をした者を排除して頂きたい。それが今回の依頼です」

「なるほど」

「難しい依頼なのはわかっています。なので報酬は弾みましょう。いくつかの傭兵団に依頼しましたが全て断られて、もうあなたしか頼る相手もいないんですよ」


ククルはふむふむと小さく頷くが何ともやる気を感じさせない。

ハンコットは従者に指示を出すと、従者はククルに紙を見せる。

多分、そこには報酬の額が書かれている。ククルの表情は変わらない


「まぁ、内容に対しては悪くない金額ですね」

「では、受けて頂けますか?」

「うーん、そうですね。その前にいくつか確認しても?」


ククルはそういうと部屋をぐるりと見渡した。


「入口の警備はあなたのところの人間であってます?」

「えぇ」

「ありがとうございます。ハンコット卿、あなたがこの部屋に来てからどのくらい経ちます?」

「え?あぁ、大体3日前くらいでしょうか。その前は......」

「結構、ありがとうございます。ミキオ」


ククルはハンコットの言葉を遮り、僕にハンコット指し示す。

僕は条件反射としてソファの背を支点にハンコットへ飛び蹴りを加える。ハンコットの腹部に蹴り当たる瞬間、一歩遅れてハンコットの護衛2人がククルを取り押さえにいく。残りの護衛2人は僕の方に向かってくる。

僕は護衛2人に一撃ずつ加え気絶させ、そのままハンコットの首を押さえつける。ククルもハンコットの護衛に押さえられている。


「貴様!何をする」

「ハンコット卿、それはこちらのセリフですよ。か弱い乙女に酷いじゃないですか。ねぇ、ミキオ」


ハンコットは苦しそうだが、まだ僕に話しかける程度の余裕はあるみたいだ。確かに腹部に飛び蹴りを当てたのだが、手応えは悪かった。ちなみにククルは抑えられているがだいぶ余裕そうだ。というか、なぜ護衛の攻撃を避けなかったのだろう。避ける程度ならククルでもできそうなのに。


「ククル助けましょうか?」


僕は少しだけ、ハンコットの首に力を加える。うめき声が上がるがそこは無視。

状況はまだ理解できてないが、僕の仕事はククルの指示に従うことだ。


「君たちさ、ハンコットと契約してる?」

「え、いや」


ククルは護衛に対して話しかけている。護衛たちは状況に狼狽えているのが見て取れる。そんな護衛の反応を見るとククルは笑った。

それは少し不気味で、それでいて美しい表情だ。


「ミキオそっちはOK」

「ま、待て!」


ハンコットは何か言いたげだったが僕は奴の首を折った。鈍い音がする。そのままハンコットの身体は力なく地面に沈む。

本当にあっけない。僕はハンコットを殺した。

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