第5話 それから

僕がククルの元で傭兵になって1ヶ月ほどが過ぎた。

不思議なことに、異世界に来てから一年ほど経っても全くわからなかったこの世界の言葉を2週間ほどでマスターしていた。

メェリとククルが日本語を理解してくれていたおかげか、通訳ができる人がいるってことは偉大なのか、僕の語学力はメキメキと上達した。

読み書きは未だにできないが会話はスムーズにできるようになった。というか、読み書きはほどんど習わなかった。それというのも、この世界では読み書きはできなくとも大した問題にならないと言われたからだ。実際、一緒に旅をしている仲間でも読み書きができるのは半数ほどだという。メェリは仕事柄読み書きはできる。知りたければ教えますけれど?と言っては貰っていたが、それは丁重に断った。

僕は元々語学が苦手だった。というか蓮也と違って勉強も運動も苦手だ。できることなら勉強は最小限にしておきたい。


仕事の方はといえば、最初の2週間は言葉の練習とメェリの業務の手伝いで終わった。メェリの仕事はこの傭兵団鳥兜トリカブトの裏方、事務関係全般である。物資の運搬の手配、支払い関連の整理、旅先での宿屋の確保など傭兵団の戦闘以外の裏方をほぼ全て一手に引き受けているようだ。

そうそう、驚いたのは傭兵団の名前だった。鳥兜、日本でも有名な花の名前だった。もちろん異世界語だけどね。鳥兜の絵を旗印にしている傭兵団ということらしい。

こちらの世界にも鳥兜があることには驚いた。

この世界では、傭兵や傭兵団はある程度ポピュラーな仕事のようで、国同士の小競り合いも多いからこそ需要が大きいらしい。傭兵とは言っても戦場に出るだけではなく、用心警護や危険な荷物の運搬、害獣駆除、賊退治など、戦闘が絡む依頼ならなんでもこなすようだった。ククルが傭兵という表現に少し疑問を持っていたのはそのためだったようだ。

僕はメェリの仕事を手伝いながら、この傭兵団の主要な仲間達メンバーとも顔を合わせた。みんな僕のことはレンヤの友達ということで良い印象を持ってくれたようだった。レンヤは日本にいた頃と変わらず異世界こちらでもムードメーカー的なポジションになっていたみたいだ。


言葉を多少覚えてからは徐々に任務に出ることになった。

ククルに言わせると、どれも小さな戦、しょうもない依頼ばかりだそうで、貰える額も多くないことから手勢を増やさずに、できるだけさっさと任務を遂行したいとよくぼやいていた。

レンヤの手紙にもあった通り、この傭兵団はククルを中心に普段10名前後で旅をしている。だけど、ククルの部下は世界各地にもいるらしく、各国にそれぞれ最低十人ほどはいるらしい。多少時間をかければ、数百〜数千人単位までなら人を準備できると言っていた。任務の規模に合わせて別行動をしている仲間を招集して手勢を増やして対応しているみたいだ。それ以外にもいく先々で知人や友人に会って情報交換をしている。会う人も貴族っぽい人から街の商人、果ては物乞い風の老人まで幅広くいた。人脈が広いのは間違いないだろう。本当にククルは何者なのだろうか。そこについてはまだ全くわからない。

わかったことといえば、この傭兵団は完全にククルの人柄、人望で成り立っていることだろう。仕事も半分はククル本人が取ってきていた。

何度か仕事を取る現場に護衛として同行させてもらったが、その交渉は凄かった。印象的だったのは小国の小競り合いへの加勢だったのだが、早々に両軍へ声をかけ、依頼金をどんどん吊り上げていき、結果的に額の多い陣営についていた。最初に片方の軍に声をかけてから見切りをつける早さには驚いた。本当に数分話しただけだった。

ククル曰く、こういう依頼は片方の陣営に対して交渉するよりも双方に声をかけて依頼金を釣り上げた方が効率が良いとのこと。僕からすれば人脈を大切にしている人間の発想とは思えない。

鳥兜、というよりもククルは基本的にどこかの国や陣営への思い入れがあるとかはないらしく、仮に過去味方した陣営を討って欲しいと言われたとしても金額次第で普通に依頼を受けると言っていた。何ヶ所か例外はあるらしいが、基本はそのスタンスを貫いているようだ。僕からすればそんなどっちつかずの傭兵団なんて怖くて依頼できないが、この1ヶ月鳥兜への依頼は途切れたことがない。

それでもククルのところに依頼が舞い込むのは、その任務成功率の高さと逆にどの陣営にも属していないこと、そして組織としての質が高いことが要因だという。

傭兵団は多くあるが、実態は賊上がりの無法者集団も少なくないらしく、その点鳥兜は民間人への略奪や虐殺を禁じている。一応この異世界にも僕らに似た倫理観を持つ者も多く、依頼者は多少高額な依頼料がかかったとしても、ククルに仕事を受けてもらいたいのだという。規模と戦力、統率力の総合力で鳥兜を超える傭兵団はないとアルゴーは言っていた。

そうレンヤの手紙に名前のあった、アルゴーとは一緒に仕事をすることが増えた。

というか、僕を助ける際に壁を破壊した大男がアルゴーだった。ちなみに僕が助けられた時は、ククルが壊す位置を微妙に間違えてアルゴーに指示しており、僕は壁ごと吹き飛ばされたのだと後で知った。

アルゴーはまさしく筋骨隆々でクマのような大男である。身の丈ほどの大きな斧を背負っており、それを軽々と振り回している。無論、僕からの第一印象は『怖い』だった。だが、実際にカタコトで話してみると気さくなおっさんだった。レンヤとは一緒に任務に出ることも多く仲良くしていたという。元々は流れの傭兵だったそうだが、ククルの人柄に惹かれて仲間になったと言っていた。いわゆる戦慣れしている戦士のようで、いつも先陣切って敵陣へ切り込んでいる。


バンキギとはまだ話はできていない。僕が助けられた時は一緒にいたらしいのだが、その後は任務のため別行動をしているとのこと。革のジャケットを着た無駄に顔だけは良い男だとククルから説明を受けた。ククルから顔が良いと呼ばれるとは一体どんな人なのだろうか。


僕は全く危惧していなかったことだが、任務はそこまで苦にならなかった。

最初の任務が終わった後、メェリにはとても心配された。メェリだけではなく、その場にいた半数くらいからは心配されていた気がする。

普通の場合、傭兵の初任務から帰った後は多かれ少なかれ、落ち込んだり、無駄にハイになったり、人によっては二度とこの仕事をしたくないと言い出したりと何かあるらしい。あの蓮也ですら、最初の任務から戻った後はテンションが低く、多少落ち込んでいたらしい。それが普通らしい。蓮也でもそうなるのか、と僕は少し意外に思った。まぁ、でもわかる。理解はできる。それでも、僕は普段と変わることはなかった。メェリは普段と変わらない僕にとても驚いていた。いつも親切で優しい彼女だが、その日はいつも以上に僕に優しくしてくれた気がする。それは純粋に嬉しかった。ちなみにククルとアルゴーは普段と変わらない僕に驚いてはいなかった。


僕は元々、読書が苦手である。活字を読むのが嫌いなのだ。

最初は蓮也の書いた記録を読むぞ!と息巻いていたのだが、メェリの仕事を手伝ったり、任務に行ったりしていると中々時間が取れず、1ヶ月が過ぎてもあの記録は読めていない。一度読む習慣から外れると習慣化するのは面倒だ。けれど、どこかで腰を据えて読む時間を作らないといけないとは思っている。


これがこの1ヶ月の出来事である。

僕にとって激動の1ヶ月だったが、それ以上に楽しい1ヶ月を過ごすことができたと思う。少なくとも鳥兜のみんなに会えるまでに比べたら雲泥の差である。

これから何が待ち受けているかは全くわからない、けれど蓮也から伝えられた思いだけは忘れてはいけない。僕は必ず生きて地球に日本に帰る。そのために今は少しでも日本に帰る手がかりを探そうと思う。まぁ、でもククルたちに助けてくれた恩返しもしていきたいと思っている。だから、しばらくは傭兵としてククルの元で働こうと僕は心に決めるのであった。

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