第4話 これから

外の騒がしさで目覚めるとそこは街だった。

僕は手紙を読み終えると、そのまま馬車の中で眠っていたみたいだ。

馬や人が行き交い、露店も多くある。少し離れたところには煉瓦造りの建物も目に入る。目覚めて鉄格子以外を最初に見るのはいつ以来だろうか。

眠ったからか、昨晩よりもだいぶ心は落ち着いた。あの場所での生活から考えれば、こうやって朝日を外で浴びられることがどんなに素晴らしいことか、僕は改めて実感した。そんなことを思いながら周りを見ると昨晩よりもこの集団の人数が減っている気がする。空の明るさからすると、まだ日の出からすぐだろう。正確な人数を知らないが、何人かは各々に朝の身支度をしているという様子だった。昨晩少しだけ会話をしたメェリはまた使い古したローブを頭から被って木箱の中身を数えているようだ。そして、そんな中でも異彩を放つのはやはりククルだった。数人と雑談をしているだけのようだが、他の人と違うということを肌で感じる。夜の月明かりで照らされている彼女も美しかったが、青空の下にいる彼女はまさしく絶世の美女という感じだ。

彼女がここのリーダー。レンヤの手紙の通りだとすると傭兵の頭領。そうは見えない。頭領の愛人と言われた方がまだ信じられる気がする。


「おはようミキオ」

「ククルさん。おはようございます」


見ていたことに気づいたのか、ククルが僕の方へやってきた。

昨晩ククルに問われたことの答えはすでに決まっている。

というか、僕の中では選択肢はない。最初から、それこそ助けられた時から答えは決めていた。


「よく眠れたようだね」

「はい。久しぶりにゆっくり眠れた気がします」


揺れる馬車での睡眠が異世界に来てから一番ゆっくり眠れたというのは我ながら何とも言えないことではある。けれど、事実として異世界こっちに来てから一番回復した気がする。ずっと頭の中にあったモヤモヤが少しだけ晴れたことも大きいだろう。レンヤ、ありがとう。


「まぁ、色々話したいことはあるだろうけど、まずはご飯にしようか」

「はい」


僕はククルに連れられて彼女の仲間と共に食卓の輪の中に入る。

そこは街の外れにある、活気のある食堂と行った雰囲気の場所だ。ククルは全員にグラスと食器が回ったことを確認すると、幾つか仲間に話をしているようだ。

無論、僕には何を言っているのかさっぱりわからない。雰囲気から察するに食事前の挨拶みたいなものだろうか?


「今、ククルは皆さんに食事前の挨拶をしています。毎回ではないですが、仲間が集まって食事をする際はよく行なっていますよ」


そう説明してくれたのはメェリだった。ククルが気をかせてくれたのか、僕の隣にはメェリが座っている。ちなみに反対隣はククルである。


「なるほど」

「×××××!」


ククルが急に僕の方に指差し仲間に紹介している。仲間達はそれぞれにリアクションをしている。


「メェリが通訳するから何か適当に挨拶してくれ」

「え、あ、はい。みなさん昨晩は助けて頂いてありがとうございます。宇和島幹雄です、よろしくお願いします」


僕はそういうと深々とお辞儀をした。実際、助けてもらったことにとても感謝している。僕はその気持ちを伝えたかったが、言葉がうまくでなかった。

メェリがみんなに翻訳してくれたようで、比較的明るいリアクションをみなさんがしていることはわかった。

そして食事が始まる。シンプルなパンとスープ、そして焼いた鶏肉だった。

全身に染みるほど美味しかった。

みんな、それぞれに雑談をしながら食事をしている。食卓を囲んで会話をするなんていつぶりだろうか。


「どうだい?口にはあったかな?」

「はい。美味しいです」

「それはよかった」

「ククルさん。本当にありがとうございます」

「いいさ。ここまではレンヤとの約束だからね」

「これからのことですが」

「うん」


ククルさんは僕の方をしっかりと見る。目を見ている。まるで面接をされているみたいだ。みたいではなく、これは面接なのかもしれない。けれど僕にはその準備をする余裕は一切ないし、言葉を選ぶだけの心の余裕はない。思っていること、決めたことをそのまま声に出す。


「僕は元の世界に帰る方法を探したいと思います。でも1人で旅をするのは現実的ではないです。なので、虫のいい話なのは重々承知の上でのお願いです。ククルさん達の仕事を手伝いながら一緒に旅をしても良いですか?」

「私達が何の仕事をしているか聞かないのかい?」

「傭兵ですよね」


ククルは表情を変えず、グラスの水を飲む。そして少し悩んだ顔をした。

傭兵。それは日本にいた頃なら絶対に選ばない選択だ。でも、これまでのことを考えればそれを選ぶ方がマシなのだ。


「レンヤのいう傭兵ってのがどんな仕事なのか色々聞いたけど、まぁ概ねそうだね。うん。たぶん傭兵って奴だよ。私たちは、お金を貰って戦う仕事さ。殺しだって平然とするよ。それでもいいの?」

「はい」

「即答だね」

「お金が貰えるだけ前職よりもマシですよ」


ククルとメェリは同時に笑い出した。というか、メェリも僕らの会話をしっかりと聞いていたのか。他の人は僕が何を話しているのかわかっていないので、みんな唖然としていた。そんなに笑うことなのだろうか?


「ごめんね。レンヤから聞いていた君が言いそうなことをそのまま言ったもんだからおかしくってさ。うん、いいよ。元の世界に帰る方法を探しながらで十分さ。レンヤもそうだったし、他のみんなも多かれ少なかれ似たような感じの奴が多いしねぇうちは」

「そうなんですか」

「うん。あ〜今いる連中だとメェリはそうでもないか。でも他はみんな自分の目的は別で持ってる。あとね元々レンヤからも元の世界に帰る方法探しを優先でミキオを雇ってやってほしいって頼まれてたからさ」

「ありがとうございます。改めてこれからよろしくお願いします」

「よし!」


そういうと、ククルはまたみんなに何かを言っている。

ここまではレンヤのお膳立てがあったってことか。本当に返せない恩を増やしていく親友である。


「今日からミキオさんが仲間になるってククルが説明しています。これから、よろしくお願いしますね。ミキオさん」

「よろしくお願いします。メェリさん」


メェリは僕に右手を差し出し。僕は躊躇せず彼女と握手をした。

その手は僕よりも小さく、強く握ったら壊れそうな感じがした。こんな人でも傭兵として働いているのか。僕は改めて異世界なのだと思い知らされる。


「とりあえず、ミキオは言葉を覚えないとね。流石に四六時中メェリか私がいないとダメってのは仕事にならないよ」

「はい」

「レンヤは数日で基本的な会話はできてたけど、同じ年月こっちにいて、全く話せないってところを見るに、あれはレンヤだけの能力だったのかな」

「なんか、すいません」

「いいよ。まぁ、なれるでしょ。そうね、まずはメェリの仕事を手伝いつつ言葉を覚えてね。他のみんなのことや他の仕事は徐々に教えていくから、そのつもりで」

「はい。よろしくお願いします」


ククルもメェリも少し楽しそうな気がする。

周りの皆さんも僕の方を見ながら色々と会話をしている。うん、とりあえず言葉を覚えないとな。

レンヤからのメッセージ、「生きて日本に帰れ」。もちろん僕も帰りたい。

君からの一方通行のメッセージはこれからの行動指針にする。レンヤからの想いを無駄にせず必ず日本に帰ろうと思う。

こうして僕の異世界生活は次のステージへと移っていくのである。

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