第2話 どうしてだろうか?

ククルと出会った時のことは兎に角印象的だった。それまでのことがあったからか余計にそう思ったのかもしれない。けれど僕は本当に銀髪の女神と出会ったと思った。


僕はククルに連れられ、彼女の仲間と共に馬車でどこかへ移動することになった。無論、僕には何の拒否権もなかったのだが、拒否するつもりは全くなかった。

あの生活から解放されるなら何処へだって行ってやる。

彼女の仲間は様々で老若男女を問わずとまではいかないまでも、年齢や性別に統一性はなく10名ほどの数がいた。馬車に乗り切らない数人は各々が馬に乗っている。馬に混じって一頭は見たことのない白虎のような動物もいた。


「あの、ククルさん」

「...ん?あぁ、ククルでいいよ」


ククルは不意の僕からの声かけに少しだけ遅れて返事をした。

彼女は僕の向かいに座っている。長く美しい銀髪に、白を貴重としたパンツスーツ。ところどころに女性らしい白い毛皮などの装飾も施されている。周りにいる彼女の仲間は、それぞれ革製のジャケットやら、どこかの民族衣装の様な人まで多種多様だった。ククルはそんな個性派揃いの中でも特に目立っている。最初に見たときは女神に見えていたが、冷静に眺めると緑色の瞳はまさしく宝石の様だし、肌は艶やかに透き通って見えた。そして所作や雰囲気、服装から見てもある程度高貴な方の様な気がした。けれど、ククルが何者であるかは後で分かれば良い話だった。


「どうしてククルは日本語が話せるんですか?」


これは僕の中にある一番の疑問だった。

こちらに来てから日本語が通じたことは一度もなかった。日本語以外にも、苦手ながらも英語や挨拶しか知らない他の外国語も何も通じなかった。そして、向こうが喋る言語も聞き覚えがないものだった。

1人2人じゃない。僕が今までに会った全員が日本語を全く知らななかったと思う。

ククルも僕以外と話す時の言語は向こうの言葉だ。

つまりククルは日本人ではない。それにこんな日本人離れした美女が日本にいたことがあるとも思いにくい。

ククルは僕の目をしっかりと見て、一瞬だけ躊躇するような顔になった。けれど、すぐに真顔になる。


「......レンヤから教わったんだよ」


レンヤ。その名前には聞き馴染みがあった。蓮也レンヤ。僕のクラスメイトで幼馴染で親友の檜垣蓮也ヒガキレンヤ。そうか、僕だけじゃなかったのかこの世界にいたのは。急に全身に血が巡る。嬉しいような、安堵するような、それでいて全身に緊張が走る様なそんな感覚だ。


「レンヤって、檜垣蓮也ですか?僕くらいの年齢の高校生の?」

「そうだよ。レンヤは確かにヒガキレンヤって名乗っていた。コウコウセイ?と言うのはレンヤや君の職業だったかな?君の連想したレンヤで合っているよ」


ククルの表情は変わらないまま、僕の方を見ている。

無表情だと緑色の瞳は本当に宝石の様に見えて、作り物の人形と話しているような錯覚に陥る。僕がこの世界にいるのだから、レンヤや他のクラスメイトたちが居てもおかしくはない。そういうことを考える余裕がなかったから、ずっと失念していた。


「あの」

「ちょっと待って」


僕が次にしようとする質問を遮るようにククルが割ってはいる。

そして、ククルは馬車の御者席側にいる1人を僕らの方へ呼んでいる様だ。


「××××××」

「×××」


呼ばれた人は手綱を隣にいる別の仲間に代わって貰い僕らの方へ来た。

使い古されたローブを頭から被った小柄の人だ。


「ミキオ、詳しい話をする前に彼女を紹介させて欲しい」

「あ、はい」

「こちらはメェリ。私の仲間で、彼女もレンヤから言葉を教わった」

「メェリです」


そう言うと、メェリはローブをずらしお辞儀をした。

水色のショートカットに透き通った黄色の瞳。顔立ちは日本人とも外国人とも違う。とても整っているのに今までに見たことのない美しい顔。不思議だ。ククリも美人だけど、メェリはそれと違った美人だと思った。日本にいたらすぐにトップモデルになりそうだ。


「宇和島幹雄です。よろしく」

「さて、ミキオ。良い話と悪い話どちらから聞きたい?」

「え?」


ククリは僕の方を見ている。メェリはどこか不安げな表情だ。

この場合、僕はどちらの話から聞くべきなのだろうか。でも迷っている余裕はない。レンヤの名前が上がった以上、僕は今わかることを全て知っておきたい。


「では良い方からお願いします」

「そうか。......わかった。メェリ、あれを」

「はい」


メェリは一冊の本を取り出し、僕に渡してくる。

ハードカバーの小説一冊分という厚み。表、裏には見たことのない絵柄が描かれている。悪魔召喚の儀式書とかだろうか?


「その模様は劣化防止の呪いまじないだよ。メェリに頼んで施してもらった」

「あ、はぁ」


劣化防止の呪い?そんなものがあるのか、そして目の前にいるメェリって、この人にはそれができる?わからないことだらけだ。

僕は本を開いた。そこには手書きの日本語で文字が書かれている。


『記録。私がククルに助けれてからのことを記録にまとめる。こちらに来てわかったこと、そして思い出せる範囲の1日ごとの記録を書いていく。檜垣蓮也』


「レンヤ」

「それは、私がレンヤに出会ってから彼が書いていたものだよ。私には君たちの国の文字が読めないから何が書いてあるのかさっぱりわからないけど、どうやら君なら読める様だね」

「はい。読めます」


今すぐにでも、書かれている内容を読みたいと思った。けれど、ククルはまだ僕に話したいことがある様子だ。


「それはしばらく君に預けるから、後でゆっくり読めばいいよ」

「ありがとうございます」


僕は読みたい気持ちを堪え、本を閉じた。


「もしかすると、その本にも書かれているのかもしれないけれど、私のわかる範囲でレンヤと会ってからのことを話すよ」

「ぜひ、お願いします」


本当に助かる。やっと何かがわかるはずだ。

これまで何もわからずに過ごしてきた。必死で生きてきた。もしかすると家に帰れるかもしれない。それに......


「私は奴隷狩りに追われているレンヤを助けたのさ」


そこからククルは要点を掻い摘んで知っていることを教えてくれる。レンヤとのことを話すククルは少しずつ笑顔になっていた。とても楽しげに知っていることを話してくれてた。

レンヤは僕と同じように奴隷にされそうになって逃げていたこと。そこをククルが助けたこと。ククル達は世界を旅する傭兵だということ。


僕らは本当にあの日、異世界にきてしまったのだ。

異世界人にとって日本人はとても希少性が高く、高額で取引される奴隷であるようだ。レンヤは自分以外にも異世界に来た人がいないかを確かめるためにククルに頼み、一緒に旅をさせてもらっていたという。


「ククルさん、ありがとうございます」

「いいさ。ミキオ、君のことはレンヤから色々聞かされていたよ」

「そうですか」

「あぁ。一番の友達だから、もし見つけたら必ず助けて欲しいってね」

「あいつがそんなこと言うなんて意外でした」

「......」

「レンヤは今どこにいるんですか?」


ククルさんはまた無表情になる。

何となく、聞いてはいけない気がした。けれど、それを聞かない訳にはいかない。

この先について考えるためにも、気持ちに整理をつけるためにも。


「ミキオ、君には悪い話をまだしていなかったね」

「......はい」

「レンヤは死んだよ。少し前のことになる。小国同士の小競り合いでね。私たちはその片方についていたの。そこで仲間を庇ってあっさりさ」

「そうですか」


僕は感情のこもらない返事をしてしまった。

ここにレンヤはもういない。何となくわかっていた。

ククルの話ぶりから、レンヤがいたら僕を助けに来ない理由はない。

あの事故の後、レンヤは生きていた。この異世界でククル達と。そして僕を探してくれていた。結果的に僕はレンヤに助けられたんだ。


「ミキオ、君がこの先どうしたいか、次の街に着くまでに決めておいてくれると嬉しいな。私としてはもちろん、君を雇いたいと思っている」


ククルはそう言うと、メェリに何かを言って、御者席側へ移動した。

メェリは心配そうに僕の方を見た。


「ミキオさん」

「不思議ですね。異世界こっちに来て、痛いことや苦しいことは沢山あってその度に僕は泣いていたのに、僕を探してくれていた友達が死んだって聞かされたのに、僕は涙一つ流せないんです」

「レンヤさんからミキオさんはとても優しい人だと聞いていました。きっとまだ体の調子が良くないんですよ。あの、これ」


そう言うと、メェリは僕に一枚の封筒を差し出した。


「先ほどの本は異世界人で困っている人がいたら渡して欲しいと頼まれていたものです。こちらはミキオさんを助けたら渡して欲しいと託されていたものです」


その封筒には、幹雄へと記されている。

やっと地獄から解放されたと思って、レンヤがいるかもと思って、でもレンヤはもう死んでいて。そしてあいつの手紙だけが僕の手の中にある。

どうしてかな。どうしてだろう、僕はもうレンヤに言葉を伝えられないのか。


「ありがとうございます」


僕はメェリにお礼を言うと封筒をもらい手紙を開けた。

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