ラストドミネーター 世界樹の門と支配の怪物

カプサイズ

第1話 月明かりと銀髪の女神

僕が起きたのは牢屋のような石畳と鉄格子の部屋。

全身が痛い。これを形容するならばトラックに轢かれたような痛みというのだろうか、痛い以外の感情がわかない。普段なら呻いたり、叫んだりしそうだけど、今の僕にはそれをする勇気がなかった。痛みを少しでも和らげようと僕は強く目を瞑った。

最初気絶していたのだから、もう一度気絶できても良いだろうに、僕の身体は意識を失うことを許してはくれなかった。地獄の苦しみがどんなかはわからないけれど、今の痛みも人によっては地獄の苦しみと思うかもしれない。

少しして、ちょっとだけ痛みに慣れてきた。

以前として身体は痛い。けれど僕にはゆっくりと目を開けるだけの余裕が生まれた。

辺りは薄暗く、遠くに小さく松明の炎が見える。少しだけ辺りの様子がわかるのは、松明の明かりと上の方の小窓から降り注ぐ月明かりのお陰だ。

僕の両手は上に鎖で繋がれている。両足にも足枷が付いている。足枷にも鎖が付いていて、その先には鉄球か岩あたりが付いている。

いつものように少しだけ膝を曲げようとしてみる。ジャラジャラと鎖が鳴るが、びくともしない。動いたところで手枷を取れないからどうしようもないけど。それどころか鉄格子をどうにかする事もできない。

僕は何も見えない天井を見た。

今まで気づかなかったが少しだけレンガの模様が見えた。確か僕の頭の上に小さな格子付きの小窓があったから、そこからの月明かりで照らされているからだろうか。心底どうでも良い。そういえば日数を覚えられなくなってどのくらい経ったんだろうか。最後に数えたのは5日くらいか?あれからどのくらい経ったのだろう。

あぁ、お腹が空いた。水も飲みたい。もう一度膝を曲げようとしてみるが、変わらず動くことはなかった。

そんなことをしていると、身体の痛みを思い出してしまった。

一度冷静になると、全身の痛みの種類の違いにも気持ちが向いてしまう。頭は鈍器で殴られた後のような痛みと流血が止まった後の固まった血が少し割れてきている。手足には無数の擦り傷や切り傷に打撲しているような痛み、そして胸部は呼吸をする度に刺されるように痛い。

これは映画とかでよくある「肋何本かいっちまったようだな」という状態なのだろうか?手足を繋がれている僕には確かめようがない。

今の自分の状態を確かめたところで、何も状況を変えることなどできないのだから見えていないだけマシなのかもしれない。

早く朝が来てほしい気持ちと、このまま永遠に夜が続いてほしい気持ちが交互に入り乱れる。

あぁ、もしかするとこのまま気絶してそのまま目覚めないことが一番なのかもしれないな。


外は静かだ。

時々風に揺れる木々の音がする程度で他の音はしない。

月明かりが出ているということは今日の天気は良いみたいだ。

あれ?どうして外が静かなんだ?

いつもだったら巡回が来たり、外で何か騒ぎ声がしても良いはずなのに。

そんな疑問が頭に浮かんだその時だった。

背中を預けている壁が少し揺れたかと思ったと同時に僕の視界が大きく揺れた。

爆音。

気付くと僕の身体は瓦礫と共に鉄格子に衝突していた。痛みからか起き上がることができなかった。完全に地面に這いつくばっている。

辺りは土煙で見えない。

僕はかろうじて上半身を持ち上げ薄らと見える月明かりを頼りに壁のあった方を見る。土埃に誰かの影が見える。


「××××××××××!」


誰かの叫び声が聞こえた。それは命令口調のようだが何を言っているかはわからない。声質は高く女性の声だ。


「無事かい?少年」


少年と......確かにそう聞こえた。その口調は先ほどの命令口調とは違い、少しだけ優しさを感じた。土埃が風にかき消され、僕は月明かりに照らされる声の主を見た。

そこには肩まで伸びる美しい銀髪をした女性が立っていた。


「××××?」


彼女の後ろにも誰かいるのか、疑問系の様に後ろに言ったかと思うと銀髪の女性は僕の方を見る。


「君の名前は?」


それは紛れもなく。日本語だった。

もうどれだけ聞いていなかっただろうか。少しカタコトの様な気もするが、銀髪の女性は確かに僕に名前を聞いてきている。


「あ、あの。えっと......僕の名前はミキオです。宇和島幹雄ウワジマミキオ


久しぶりで僕は自分の名前すら、スムーズに発することはできなかった気がする。

銀髪の女性は無表情のまま少し近寄ってきて、僕の顔をマジマジと見ると急に笑顔になった。


「×××××!」


また後ろを向いて誰かに何かを叫んでいる。

けれど今度は命令ではなく、何かを喜んでいる様だった。


「ミキオ。私はククルだ。君を雇いにきた」


銀髪の女性は笑顔で僕にそう言いながら右手を差し出してきた。

雇う?僕を、この人が。何故。回らない頭が急に回り出す。

目の前にあるその顔はまるで女神のように美しく銀髪も相まって、僕には本当の女神が舞い降りてきたのだと思わせた。

気づいていなかったが壁が壊れた時、僕の両手は壁から外れていた様だ。

僕は彼女の手を取ろうとしたが、自分の右手があまりにも汚れていて、その美しい手に触れることに躊躇した。


「××××××××?」


彼女は僕の言動に少しだけ、首を傾げ何かを言ったかと思ったら、不敵に笑みを浮かべた。そして躊躇する僕の手を左手で掴み自分の右手の元へ運ぶ。


「大丈夫だよ。ミキオ。私は全く気にしないさ」


僕は目の前の銀髪の美女を見て自然と涙が出た。

そして彼女は僕を起こすと、また後ろに何かを言った。

そこからのことはよく覚えていない。月明かりに照らされるククルの不適な笑顔はとても印象に残っている。けれど、それこそ心身の疲れや全身の痛みからなのか、急に緊張の糸が解けたからなのか、どちらにせよ僕はそこで意識を失ったのだという。


つまりこれが覚えている、僕、宇和島幹雄とククルとの出会いという訳だ。


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