第14話

家に着くと、時刻は23時を回るところだった。『今日は濃い1日だったな』と思いながら、窓の外の真っ暗な夜空を眺めていると、突然小さくて白い粉のようなものが、ふわりふわりと舞っていくのが見えた。それは、今年の初雪だった。日付は12月20日。父が認知症という嘘を告白してから明日で丁度一年が経過するところだった。今年もあのクリスマスフェスティバルは開催しているのだろうか。去年の父との思い出が恋しくなり、もし開催していたら今年は1人で行ってみることにした。

12月21日、時刻は17時を少し過ぎたところだ。去年の今頃も、同じ光景を眺めていたと思うと、感慨深いな、と思った。父はなぜ、このクリスマスフェスティバルの帰り道に認知症だと嘘をついたのだろうか。その時ふと、父の『沁みるな』という声を思い出した。ネオンに照らされた美しい光景の何が、父の心を刺激したのか。私は目を閉じて考えようとした。その時、「きよしこの夜」を合唱する子供達の声が聞こえてきた。はっとして目を開けると、フェスティバルの端の小さな舞台で数人の子供達が「きよしこの夜」を合唱している様子が目に入ってきた。

そしてその時、全ての霧が晴れるように、父の心に響いたものがはっきりとわかった。父は色とりどりの輝く光を見て沁みると言ったのではない。懸命に我が子の発表を見守る両親の前で、冬の寒さで頬と鼻を真っ赤に染めながら大きな口で歌を届けようとする子供達の姿、そして歌声に浸っていたのだ。子供達に自分の子供の頃の姿が重なった。今よりも声量や技術など全くなかった子供時代、『母に届け』という思いだけで歌った歌は、しっかりと母に届いていた。


気づけば私の目は涙でいっぱいになっていた。父の人生を賭けた優しい嘘の真相に辿り着くことができたからだ。父が認知症と嘘をついて私に教えたかったこと、それは『相手に伝える』ということの大切さだ。父は、認知症だと嘘をつき、私と話をする中でその手掛かりとなるヒントを与えようとしていたのだ。それは、私の歌にずっと足りなかったものだった。母がどんなに苦しくても、辛くても、歌うことを決してやめなかったのは、歌を通してみんなを笑顔にしたい、という強い思いを伝え続けようとしていたからだ。その思いが、母の歌には魂となって宿っていた。しかし、私の歌にはその魂がなかった。歌で魅了したいという思いが先行し、歌を聴いてくれる人々の存在が完全に排除されていた。


新しい曲を作ろう、そう心に決めて帰路に着いた。その足取りはとても軽かった。

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