第8話

父の葬儀は、母のものと比べて、とても質素だった。もともと友人は多いタイプではないので、参列者もそれほど多くなかった。式がひと段落した時、私は「あの」と呼び止められた。声の主は、70代半ばの、父と同年代くらいの女性だった。

「沙羅ちゃ…沙羅さん、大きくなられましたね、本当に」女性は目を細め、懐かしむような表情で言った。

「失礼ですけど、どなた様でしょうか?」そう答えると、女性は慌てて

「これはまた失礼いたしました。覚えてるはず、ございませんよね。私が最後に沙羅さんにお会いしたのは、沙羅さんが小学2年生の頃ですものね。

わたくしは、沙羅さんのお母様、早苗様のマネージャーをしておりました、矢上ゆり子と申します。」そう言うと、女性は電話番号が書かれたメモを渡してきた。「何かありましたら、いつでも連絡してきてくださいね。」深々と頭を下げ、女性は立ち去っていった。

『あの人が父が話していた母と姉妹のようなマネージャーか』

私は、あの人が母のマネージャーで良かったな、と彼女の後ろ姿を見て思った。

父の死から数日が経過し、遺品整理も片付いてきた頃、父の入院先の病院から、生前の父の荷物を引き取って欲しいという連絡があった。病院に到着し、すでに抜け殻となった父の病室を眺めていると、父の担当看護師だったという女性に声をかけられた。彼女は、父の使用していたラジオやタオルなどの生活品を一通り説明した後、大きめの袋にまとめて渡してくれた。私がそれを受け取り、深々とお辞儀をして立ち去ろうとすると、「あと、」と言って引き止められた。「こちら、正光さんが生前毎日眺められていたノートです。正光さん、毎日新聞をとっていて、それの切り抜きを集めたものなんじゃないかな、と思うんですけど。すごく大切にされてましたよ。」

そういって一冊のボロボロに使い込まれたノートを渡してきた。家に帰ったら読んでみようと思い、ノートを袋に詰めた後、女性の看護師さんに深々と頭を下げて病院を後にした。

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