第7話

父が認知症だと告げてから、私を認識できなくなくなるまでそう時間はかからなかった。そのうち、父は入院することになった。病院に訪れた際、父から「看護師さんいつもありがとうございます」と言われた時は流石に悲しかったが、認知症になってからの方が父と気軽にコミュニケーションを取ることができるようになったことは嬉しかった。認知症になってからというもの、父は私が病院に足を運ぶ度に自分の話と母の話を頻繁にするようになった。昔乗ってたバイクの話、好きな食べ物の話、、、

知らない父を知ることは、私はとても楽しかった。母に関する話にはより一層胸を躍らせた。『母は歌う前に必ず5秒間目を閉じること』、『料理上手で、得意料理はポトフだったこと』、『母と母のマネージャーはまるで姉妹のように息がぴったりだったこと』など父の口から語られるエピソードで、私の中の母がより一層鮮やかになっていくことがとても楽しかった。

『お母さん、こんなに大事にされてたんだね』父と母の絆が、とても誇らしかった。

父の話の中には、私に関する話もあった。『娘はとても有名な歌手でファンがたくさんいる、俺もその1人なんだ』と誇らしげに言われた時は、ちょっぴり照れ臭いながらもとても嬉しかった。

『娘はもっともっとすごい歌手になる、絶対に。俺はそう信じてる。』父のその言葉に、私は溢れ出る感情が、涙が、止まらなかった。実力を磨いて、父をあっと驚かせよう、そう心に誓ってからは、毎日毎日寝る間を惜しんで歌の練習に没頭した。

しかし、ついに父は私の歌を認めてくれることはないまま、この世を去ってしまった。脳梗塞だった。医者によると、いつ亡くなってもおかしくはない、瀬戸際を生きていたらしい。

生前最後に父に聞かせた曲は、私の自信作だった。得意な表現、感動を誘う歌詞、全てが完璧だと思った。しかし、父の反応は「いいんじゃないか、いつもの娘の曲によく似ている」と寂しそうに笑っただけだった。結局私は"いつも"を超えることはできなかった。

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