第18話 決定事項
いつもの森の遊び場にルーク達は集まっていた。
「よしっ、さっき説明したとおり1人あたり銀貨2枚が報酬だ。残りの銀貨4枚と銅貨70枚はパーティーの資金として預かっておく」
「教会で売った分も山分けして良かったの?」
「ああ、あれは2人が働いた成果だ。山分けするのは当然だ。ただ今後も突発的にお金が必要になることはあるだろうから、パーティーの資金も貯めさせてもらうよ」
2人は頷いた。ルークはふと気になったことをシャルに尋ねる。
「シャル、お金の計算はできるのか?」
「……ん、それぐらいできる。銅貨が100枚で銀貨1枚。銀貨1枚あれば1ヶ月は食べ物に困らない」
「大丈夫そうだな。じゃあエリンに質問だ。金貨1枚は銀貨何枚分?」
「そんなの簡単だよ。100枚!」
「それじゃあ。銅貨だと何枚分になる?」
「えっ……そ、それは……」
「1万枚だよ! 金貨1枚は銅貨1万枚ぶ~ん!」
そう言いながらミアが木陰からエリンめがけて飛び出してきた。
「あっ、ミアちゃんだ。昨日ぶりだね」
「うん。エリンお姉ちゃん、昨日ぶり~! あっ、この子だれ? 可愛い! お耳ピクピクしてる!」
「ニャ、ニャ、やめるニャー!」
ミアはシャルのネコ耳で遊びだした。
「ミア、この人は僕のパーティーメンバーのシャルだ。きちんと挨拶しないとダメだよ」
「はーい。私はお兄ちゃんの妹のミアです! シャルお姉ちゃんよろしくです!」
「……ん。シャルはシャル。猫人とヒトのハーフ。今日からここに住む。よろしく頼む」
「エッッッッ! シャルお姉ちゃん、ここで一緒に住むの! 嬉しい! こんなかわいいペッ——お姉ちゃん欲しかったんだ」
今、絶対にペットって言いかけたよね!? エリンは心の中で叫んだ。
「シャルはルークの家の子になる!」
「「おおっ! パチパチパチパチ」」
シャルの力強い宣言にルークとミアは応援するかのように拍手した。
それから少し雑談を交わした後、ルークはみんなに話しかけた。
「これから今後について説明するので話を聞いてくれ。先に決定事項を伝えておくと、このパーティー全員でアルカディア学園へ進学することになる」
「えっ……アルカディア学園って、あのアルカディア学園?」
「ああ、そのアルカディア学園だ。各町の学校から推薦されると入学試験を受けられる。さらに試験で好成績を残すと学費は無料だ。だからこれから毎日、学校が終わってからは勉強だ。僕が教えるから安心してくれ。あっ、ミアは学園に行かないけど勉強には参加するんだぞ」
「はーい!」「エェェェェェ!」「シャル、勉強はキライ」
3人が同時に答える。その姿を見てルークは満足したように頷いた。
「まずミアについては全く心配していない。僕が学園に行ってる間、ミアに任せたいことがあるから頑張ってほしい。エリンもこれからは僕が勉強を教えるから大丈夫だ。それに錬金術は様々な知識が必要になる。ここでしっかり勉強すればエリンは最高の錬金術師になれるぞ。シャルは……勉強しなくても良い方法が1つだけあるが……」
「……ん。シャルはそれにする」
「聞いてもいないのに即答!? シャルちゃん、本当に大丈夫?」
シャルは満足げに頷く。
「ルーク君、ま、まさか、
「エリン、何を言っているんだ? それは不正入学って言って禁止されている行為だ。僕がそんなことするわけないだろ。シャルには僕の護衛兼従者として入学してもらう」
ルーク君からだけは言われたくないとエリンは強く思った。
それにしても護衛兼従者? 付き人みたいな感じで一緒に学校へ通うってことかな。
「シャルはルークの護衛兼従者になる。何すればいい?」
「とりあえず強くなってもらうかな。魔物を倒すだけじゃなく、対人戦闘も強くなってもらう。シャルが『影隠密』を使いこなせるようになれば余裕だよ」
その一言にシャルは目を細め、ルークを冷たくジッと見る。
「そんなに警戒しないでほしいな。知り合いに『影隠密』の使い手がいたんだ。だからシャルがドランを投げ飛ばしたとき、『影隠密』を使っていたのに気づけたんだよ」
「ルークにバレた……このスキルのことは他人に教えちゃいけない。マタビ村ではそう教わる」
「ああ。知ってるよ。猫人の間の教えだ。このスキルは暗殺とかに有効だから使い手は重宝される。だからこのスキルが使えることは隠しておいた方が良い」
「けどルーク、エリン、ミアは、シャルが使えること知ってる……」
「ああ、だから秘密にする約束をしよう。口約束だと信用できないだろうから契約魔法を使う」
なぜだろう。ルーク君がシャルちゃんを手のひらで転がしているように見えるんだけど。エリンは言い様もない罪悪感で心が痛い。
「契約魔法……それでいい。けど猫人は契約魔法を使うとき、必ず優劣を決めてから行う。そして契約の内容は強い方が決める」
「ああ、それでいい。今からここでやるか?」
シャルはコクリと頷くと、座っていた丸太から立ち上がり少し離れる。それに合わせてルークもシャルのいる方へ移動した。
「勝負は『まいった』と言った方の負け。あと危ないから武器と噛みつきは無し、シャルはツメ立てるのも無しな」
「ルーク、武器無しでいいのか? シャルの方が身体能力高い。ハンデありすぎ」
「アハハハ。それでもハンデとして足りないと思うよ。さあ、やろう。いつでもいいぞ」
目つきが鋭くなり、耳は後ろにペタリと倒れる。シャルは『イカ耳』状態になった。2人はジリジリと距離を詰める。お互いの距離が2メートルを割ったとき、シャルがルークめがけて飛びかかった。
「なかなか早いな」
ルークは左にステップして躱し、シャルの着地するタイミングを蹴りで狙う。シャルはそのルークの蹴り足を両手で掴むと、ぐるりと身体を回転させた。ルークは右足を捻り上げられる恰好になるが、その力に逆らわず自らもシャルに合わせて回転することで力を逃がした。
「ルーク、なかなかやるニャ。これでもシャルはマタビ村で子供の中では最強だったニャ」
「シャルも僕の想像以上だよ。やっぱり猫人との格闘はおもしろい!」
エリンとミアは2人の素早い動きに目が追いつかず、ただただ驚いていた。
それから20回以上にも及ぶ打撃の応酬が繰り返された。シャルは息を切らし始めていたが、ルークは呼吸を全く乱していなかった。
「ば、化け物ニャ……」
「僕もいろいろ頑張って身体能力を上げてるからね。シャルもすぐに強くなれるよ」
そう言い終わると、この戦いで初めてルークから仕掛けた。その動きにネコ耳がピクと反応すると、シャルはルークの足元めがけてダイブした。
普通に戦っても勝てないと判断したシャルは、ルークの仕掛けてくるタイミングに奥の手を使うと決めていたのだ。
もらったニャ!
シャルはルークの影に触れた瞬間、『影隠密』を使った。このスキルは対象の影に出入りできる能力。残念ながら影に入りながら、自分の意思で自由に移動することはできないが、入り込んだ影が動いたときはそれに合わせて自分も移動できる。
今、まさにルークの影に潜り込もうとしたとき、シャルの顔面は影に沈むこと無く地面にぶつかった。
「ムギュ…………ニャンでニャャャャャャャ!?」
鼻血を出しながら顔を上げたとき、丁度そこへルークのチョップが振り下ろされた。
「あっ……急に顔を上げるから、顔面に入っちゃったじゃないか」
「プニャャャャャ…………」
変な鳴き声を発しながらシャルはバタンと後ろへ倒れた。
「キャー、シャルちゃん大丈夫!?」
「お、お兄ちゃん、女の子の顔面にチョップするとか酷いよ!」
エリンとミアが飛び出しシャルに近寄る。ルークは腰の鞄からカードを取り出し『リリース』と唱えた。すると1本のポーションが現れた。
「ちょっと、どいてくれ。この程度ならすぐに治せるから」
ルークはポーションをシャルの顔面にぶちまけた。シャルの鼻血が止まり、顔の擦り傷がみるみるうちに治っていく。
「ルーク君、いきなり顔にかけるなんて酷いよ!」
「いや、外傷には飲むより直接患部にポーションをかけた方が効くんだ。これは大事なことだから覚えておいてくれ」
「そんなことは知っているよ。やり方だよ。や・り・か・た! 乱暴すぎるよ」
ルーク君は「ごめん、ごめん。戦闘中だとこれがあたり前だからついな」と苦笑いする。私と同じ年齢なのに、なぜかベテラン冒険者のような台詞が似合っていた。
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