第17話 一人暮らし

 予定よりも遅くなったため、学校に戻らず冒険者ギルドで解散となった。

 帰ろうとしているエリンとシャルに、ルークが声をかけようとしたとき、遠くからルークを呼ぶ声がする。


「おい! ルーク。おまえどんなズルをしたんだ!?」


 鋭い目つきをしたドランが、肩を大きく揺らしながらルークに向かって歩いてくる。その様子にエリンとシャルは、少し顔を強張らせた。


「何のことを言ってるんだ?」


「さっきの依頼の完了報告についてだよ。おまえたちのようなザコ職業が、ボクより活躍するなんてありえない!」


「そういうことなら、タミル達もドランより活躍してるぞ」


「違うッ! おまえらは目立った活躍を……そ、そんなことはどうでもいいんだ。どんなズルをしたか言えって言ってるんだよ」


 その不躾な物言いに、シャルの目つきが険しくなり耳が後ろに反る。これは猫人が怒ったときに現れる『イカ耳』という状態だった。


「おっ、なんだ野良ネコ女。文句があるのか。ああ、そういうことか……おまえが草やハイポーションを盗んできたんだな。なるほど、おまえは泥棒ネコだったのか!? ギャッハハハハハ」


 ドランは罵声を飛ばしたあと、そのままシャルの胸ぐらを掴もうとする。しかし、掴んだと思った手に感触は無かった。ドランの目の前からシャルが消えたのだ。


 周りを見渡してもシャルを見つけられないドランは、いらつき声を荒らげる。


「クソッ! 泥棒ネコ! どこへ逃げやが——グヘェッ」


 言葉を終わる前に、ドランは突然現れたシャルの投げ技により地面に叩きつけられた。ドランは背中から強く落ちた衝撃で、声を出せずピクピクしている。

 生徒の中で一番小さなシャルが一番大きなドランを投げ飛ばした光景に、周囲は言葉を失う。しかし、ルークだけは違う驚きで言葉を失っていた。

 

 今のスキルは『隠密』。しかもレアスキルの『隠密』じゃないか!?

 まさかこんなところで『影隠密』の使い手に出会えるとは……そういえば、アイツも猫人だったな。


 ルークが前回勇者だったとき、仲間に『影隠密』の使い手がいた。そのためシャルの一連の動きを、ルークは見失うこと無くしっかりと見ていた。


「アッハハハハ。さあ2人とも逃げるぞ。そろそろ先生が来そうだ」


「ルーク。ご、ごめんニャ」


 シャルは騒ぎを起こしたことをルークにペコリと頭を下げて謝る。


「何を言ってるんだ。シャルは全く悪くないぞ。むしろ今、僕はとても気分が良い!  とにかく面倒ごとはドランに任せて、僕たちはここから離れる」


 そしてルークはアリスに向かって口を開く。


「アリス。わかってると思うけど、僕たち『月夜の宴』が事情聴取されたら全てを話す。洗礼の儀式の件と合わせるとこの町にいられなくなるかもね。こんな小さな女の子に負ける剣聖なんて」


 ルークはドランに目線を移し、さらに言葉を続ける。


「だから、面倒ごとが僕たちのところに来ないよう必死に頑張れよってドランに伝えておいてくれ」


 そして唖然としているアリスに「じゃあね」と言い残し、ルークはエリンとシャルと一緒にこの場を離れた。

 


 ◇



「さあ2人とも今から僕の家に行く。付いてきてくれ」


「えっ、さっきの件で何かお話があるの?」


「ん? 何を言ってるんだい。報酬を山分けするんだよ。それに今後の活動方針について説明しておきたいことがある」


「ルークの家? シャルも行って良いの?」


「あたり前だよ。是非来てくれ。そういえばシャルはどこに住んでいるんだ? この町の出身じゃないよな」


「ん……。マタビ村から来た。けど親は二人ともいなくなった。だから今はこの町に一人で住んでいる」


「エェェェェェェェ! シャルちゃん、一人暮らししているの? どうやって生活してるの?」


「シャルの家、ここから近い。付いてくる」


 そう言うとシャルはスタスタと歩き出した。ルークとエリンは顔を見合わせて付いていくことにした。


 猫人のオスは放浪癖があり、居なくなることは珍しくない。なので猫人は母親と子供が一緒に暮らすのが一般的だ。しかし妻が人の場合は話が変わる。妻がオスの猫人を追いかけてしまい、子供が取り残されるケースは多いのだ。


 しばらく歩くとシャルは一軒の家の前で止まった。そこは4人家族が暮らすには丁度良いぐらいの大きさの家だった。しかし人が暮らしている雰囲気は感じられない。


「シャルちゃん、凄いね。こんなところに1人で住んでいるなんて」


「うん。案内する」


 そう言うとシャルは玄関の前を素通りして家の裏へと回る。そして軒下には木の板で組まれた小屋があった。小柄なシャルならなんとか横になれるぐらいの広さだ。


「ここがシャルの家。いいところ見つけた」


 エリンは少なくない衝撃を受けていた。エリンはズレ落ちた眼鏡を戻しながらシャルに尋ねる。


「シャルちゃん……食べ物はどうしているの? ここに住んでいる人からもらっているの?」


「ここ誰も住んでいない。食べ物は見つけてくる。『探索』が使えるようになってから困らなくなった」


「そうか。誰も住んでいないなんて良い家を見つけたな。家の中は見てみたのか?」


 エェェェェェェェ! エリンは心の中で絶叫し、ルークを二度見した。

 気になるとこ、そこ!?


「いや見てない。人に見つかったら追い出されるかもしれない」


「それじゃあ、中を——」


「だ、ダメだよ。それは絶対にダメ! 人の家に勝手に入るのはいけないことだよ」


「そうなのか? 誰も住んでいないのなら僕が有効利用しようと思ったんだけど」


「出かけてるだけで、戻ってくるかもしれないよ!」


「それを確認するためにも、家の中に入る必要があるんだ。あきらかに空き家ならシャルが住んでしまえばいいさ。僕なら隣人に話をつけて1年もあれば正式にシャルの家にしてみせるよ」


「えっ、えっ、そんなことができるの……って違う! それって人の家を盗むってことだよね?」


「エリン、考えてみるんだ。この空き家がそのまま放置されると悪いヤツらが住み着く可能性がある。そうなると近隣の方々にとって迷惑だし、下手すると犯罪に巻き込まれる。仮に誰も住み着かないままだとしても、20年もすればボロボロになり倒壊する危険も出てくるんだ。それを考えたら、もし空き家だったときはシャルが住んだ方がみんな幸せになれるんじゃないかな?」


 エリンは頭を抱えてオロオロする。


「なんでだろう。だんだんとルーク君の言うことが正しいような気がしてくる……」


「そういうわけだ。シャルこの家に正式に住んだらどうだ?」


「やだ。広すぎていろいろ面倒くさい。シャルは誰かの家に住む方がいい」


「シャルちゃん、家にこだわりあったんだ!」


 エリンがツッコミを入れてる間でルークは思いつく。


「それなら僕の家に住むかい?」


「「えっ!」」


「昔、猫を拾ってきたときは怒られたけど、シャルなら大丈夫だと思うんだ」


 いや、その流れだと絶対にダメだよね! エリンはルークの謎の自信に驚く。


「ほ、本当にいいのかニャ!?」


 シャルは嬉しそうにルークの周りをグルグル回り出す。その嬉しそうな笑顔にエリンは不安で胸が苦しくなってきた。


「ああ。とりあえず僕の家に行くとしよう」


 シャルの家に置いてあった持ち物は、袋に詰めてからカード化し持って行くことにした。


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