第5話 準備

「ただいま! お父さん、お父さん、大変なの!」


 家に入ってくるなり、ミアが大声で叫んでいる。

 その声を聞いた父トーザは、慌てて玄関へ駆けつけた。


「ミア、どうしたんだい!? ルークはどうした?」


「お父さん! お兄ちゃんが大変なの。スキルの実験していたら倒れちゃった!」


「ああ、それは魔力切れだ。休んでいれば治るから大丈夫だよ。それじゃあ、お父さんと一緒にルークを迎えに行こうか」


「うん!」


 ミアの案内で二人は裏の森に入っていく。少し歩くとルークが気持ち悪そうな顔をして、丸太の上で横になっていた。


「ルーク、大丈夫かい?」


「あっ、お父さん。ミアが呼んできたんだね。魔力切れだから少しすれば治るって言ったんだけどな……」


「だって……お兄ちゃん、具合悪そうだったし」


「アハハハハ。そうだな。ミアが正しい。この状態で魔物に襲われる危険もあるし、魔力切れじゃなかったら大変だしな」


 トーザはミアの頭を撫でた後、ルークを背におんぶする。


「ちょ、ちょっとお父さん、恥ずかしいからやめてくれ」


「おまえはまだ8歳だよ。笑うヤツなんていないよ。それにルークが弱っている姿を見せるなんて、なかなか無いからね。こんなときぐらい頼ってもらわないと」


 ルークは軽いため息の後、観念したかのように全身を父に預けた。この感覚……いったい何時ぶりだろうか。そして気がつくとルークはトーザの背で寝息をたてていた。



 ◇



 夕食の時間頃には、ルークはすでに元気になっていた。

 そして家族で食卓を囲みながら、自分のスキルについて説明する。

 トーザとハルナは、その聞いたこともないスキルの効果に驚いていた。


「そこでみんなにはお願いがあるんだ。僕のスキルのことは秘密にしておいてほしい。このスキルは悪用しようと思えば、盗みや殺人などにも使えてしまう。もし、解決できないような事件が発生したとき、容疑者にされるのは真っ平ごめんなんだ」


「容疑者って……相変わらず難しい言葉をよく知ってるわね。そうね、お母さんも賛成するわ」


「そうだな。しばらくは秘密にしたまま様子を見てみるか。ミアもお友達に話したらダメだからね」


「はーい!」


 言葉にはしなかったが、ルークにはもう1つの理由があった。それは今の時点で権力者に目を付けられたくなかった。今の自分の力では理不尽に抗うことはできないとわかっているからだ。


「あっ、そうだ。来週から学校が始まる。勉強に関するものは学校にあるものを使うからいいのだが、戦闘の授業で使う装備は用意する必要がある。ルークは武器や防具について、何か希望はあるかい?」


 スタットの町がある都市国家バルムでは、8歳から10歳までの子供は2年間、町の学校へ通うことになっている。その期間の成績優秀者や一部の職業に就く者は、国立の学校へ進学することができる仕組みだ。


 都市国家バルムは、その設立形態から中立国家として位置づけられており、国籍問わず優秀な生徒のみ受け入れる大陸最高のアルカディア学園も存在していた。

 過去、英雄職になったものは例外なくアルカディア学園で学ぶことになっている。

 これは英雄という強力な力を、国家という単位から切り離すのが狙いである。各国はそれだけ英雄職の力を脅威と認識しているのだ。


 ルークはトーザからの問いに悩んでいた。

 戦い方か……。勇者だった頃は長剣が得意だったが、それはあくまでも職業が勇者だったからだ。今の俺は収集家。職業に合う戦闘スタイルのイメージが全く湧かない。


 とりあえずは慣れている長剣でもいいかな。

 あっ、待てよ。俺はレベルが1固定なんだ。長剣なんて重くて振り回せないよな。

 魔法も使えないだろうし、それなら……ショートソードにでもするか。


「お父さん、僕はショートソードがいいです。そして身軽な軽装備を希望します」


「わかった。それならうちのお店で売ってる物にしよう。しばらく使って他の物がよければ、そのとき考えよう。明日、お店の掃除が終わったら、欲しいものを選んでみてくれ」


「えー。お兄ちゃんだけいいなぁ~。ミアも何かほしいなぁ」


「わかったよ。それじゃあ僕の使っているペンをミアにあげるよ」


「いいのぉ!? わーい。お兄ちゃんのペン欲しかったんだ! ありがとう」


 ミア、良かったな。これでもっと勉強ができるぞ。

 僕のためにもしっかり学んでもらわないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る