第3話 剣聖ドラン

 ルーク達が教会を出て家路につこうとしたとき、教会前の広場で大きな声が響く。


「おい、アリス。喜べ。おまえをボクのパーティーに入れてやる。剣聖と勇者、ボク達なら絶対に最強のパーティーになれる」


 周りからは「おいおい、なんで勇者様相手に剣聖の方が偉そうなんだよ」と声があがるが、いつの時代も英雄職がパーティーを組み英雄譚を残してきた事実があり、パーティーを組むこと自体に反対を口にするものはいなかった。


「嫌よ。わたしはルークとパーティー組むんだから。それにわたし、ドランのこと嫌いだし」


「ハァァァァァァァン? ぼ、ボクのことが嫌いだって!? ちょ、ちょっと可愛くて勇者だからって、生意気いうなよ。おまえはボクと一緒にパーティーを組むんだよ。それにルークみたいなザコと組んでどうするんだよ」


 2人の英雄による喧騒に周囲は足をとめ注目する。

 周囲と同様に足を止めていたルークの頭には、別のことが気になっていた。


「アリス、勇者になって称号ってもらった?」


「称号? 何それ。ステータスには出なかったわ」


「そうか。それならいいんだ」


「ぼ、ボクの話を無視するなァァァ!」


 俺が勇者になったときは、称号に『救世主』があった。これを持つ者は女神からお告げという名の命令が送られてくるようになる。この命令に逆らうと女神から様々な妨害が入るため、結局は命令通りに動くしかないという最悪な称号だ。


 アリスが持っていないということは、もしかしてドランが持っているとか……いや、さすがにあの駄女神でも、このバカがお告げ通りに物事を進められるとは思わないだろう。そうなると別の誰かを『救世主』にしたことになるが……


 ルークがそんなことを考えながら二人を見ていると、アリスがうんざりしながらルークに声をかける。


「ほら、ルークからも言ってやってよ。わたしと一緒にパーティーを組むのは自分だって」


「ん? 僕はアリスとはパーティーを組まないよ」


「エッッッッッッッッッッッッ! な、なんでよ。今まで一緒に練習してきたじゃないのよ!」


 アリス、ごめん。俺がおまえと一緒に行動すると、結局運命ルートをたどることになる。それだけは嫌なんだ。というか、だからアリスに押しつけたというか……


「アッハハハ。アリス、ルークだってそう言ってるんだ。だから諦めろよ。……けど、ザコ職のくせにボクら英雄からの誘いを断るのは許せないなぁ。おまえみたいなザコは、うんうん頷いてるだけがお似合いなんだよ」


「ハァ……本当にこんなバカを剣聖にするつもりなのか? 何がしたいのか全くわからんぞ」


「な、なんだと!」


「あっ、ごめん。おまえに言ったんじゃないんだ。独り言だから忘れてくれ」


「ふ、ふざけるなっ! ボクの強さを教えてやるぅ!」


 ルークの言葉を挑発と受け取ったドランは、洗礼の儀式のために親が用意してくれた飾り用の剣を抜く。

 いくら飾り用で刃が潰してあるとはいえ、人を怪我させるには十分な凶器。周りの大人は止めようとしたが、剣聖の恩恵を受けたドランの動きは思いのほか速く間に合わなかった。


「ドラン、やめなさいっ!」


 町長が制止の声をあげるが、ドランはニヤリと笑うだけだった。

 ボクがどれほど強いか教えてやる。この剣聖様をなめるとどうなるかもな!

 ドランは剣を大きく振りかぶり、ルークめがけて斬りつけた。


 ドゴッ。


 鈍い音がした直後、叫び声があがる。

 

「イタァァァァ!」


 声の主はドランだった。全力で斬りつけた剣は、ルークではなく地面を叩きつけたのだ。


「ゥゥゥ……しびれる。躱すなんてズルいぞ。どこへ逃げたルーク!」


「アホか。あんな攻撃、躱すに決まっているだろ。直撃したら怪我じゃなくて死んでるからな」


 ルークはいつの間にかドランの右側に回り込んでいた。そしてドランの右脇腹へ蹴りを放つ。


 ボゴッ!

 

 広場の中央へ吹き飛び、蹴られた脇腹を押さえながら涙目でドランはルークを睨む。

 その一連の出来事に周りは唖然としていたが、ルークはくるりと反転し親たちのもとへと戻っていく。


「……ま、まて。まだ勝負はついてないぞ。ボクは怒ったからな。絶対におまえを許さない。絶対にだァァァァァァ!」


 ドランが剣を掲げると、飾り用の剣が淡く輝きだした。


「クッククク、死ねぇぇぇぇぇ! ホーリースラッシュ!」


 振り抜いた剣からルークめがけて光の斬撃が飛ばされた。

 おいおい、マジかよ。こんなところで剣聖のスキルを使うとか、どんだけポンコツなんだよ。

 チッ……躱すのは簡単だが……なんとかもてよ。俺の身体と魔力!


 全身を纏う微量の魔力を右手に集め、横に拘束回転させる。魔力を硬化させる手もあるが、今は悪手だ。この身体ではホーリースラッシュの威力に耐えられないからだ。

 俺は右手の周りを高速回転する魔力を、ドランの放った斬撃に当てる。


 パンッ!


 軽く弾けるような音と共に、斬撃は空へと逸れていった。


「ば、バカな……あっ、そうか。アハハハハ。ボクがスキルに慣れていないから、外してしまったようだ。ルーク、運が良かったな。次は外さないからな」


 ドランが剣をもう一度掲げようとした瞬間、駆けつけたマドリーの拳骨が頭に落ちた。そして町長の使用人達がドランを取り押さえ、剣を没収していく。

 顔を青くした町長が俺の方へ近寄ってきた。


「ルーク。本当にすまなかった。うちの息子が申し訳ない。この通りだ許してやって欲しい」


 そう言うと町長はドランの首根っこをつかみ、ルークに向かって頭を下げさせた。

 そのときルークは心の中でニヤリと笑う。いやいや、これだけの人が見ている前での殺人未遂事件だ。こんな言い逃れできない状況チャンスを見逃すわけないだろ。せっかくの機会だから貰えるモノはきちんと貰っておかないと。


 ルークが口を開こうとしたとき、マドリーが割り込んできた。


「ちょっと待ちな。こういう揉め事が起きたとき、本来なら町長が裁くのがルールさね。しかし、今回はあんたの息子がやった事件だ。町長の親族が起こした事件は誰が裁くことになっているんだっけ?」


 マドリーはジロリとルークの顔を見る。

 いやいや、ちょっと待て。そこは町長を睨み付けるところだろ! なぜ俺を睨むんだ!?


「き、教会だ……」


「そうさね。だからこのババアが、今回の件は預かるよ。ルークもいいね」


「えっ、いや……」


「町長、あんたはルークに大きな貸しが出来ちまったんだよ。ドランが放った斬撃をルークが弾かなければ、下手したらあの場の誰かが死んでいただろう。そうなれば息子が捕まるだけじゃなく、あんたもおしまいさね。それを命がけで防いでくれたルークに感謝するんだね」


 そう言うと、マドリーはルークからしか見えない角度でウインクをした。


 正直、この落とし前をルークに任せるのは不安だからね。8歳の子供なんて侮ってたら、あっという間に町長一家は破滅だよ。

 まあ、それ事態はどうでもいいのさ。私の心配はこの子がやり過ぎてルークの両親にも被害が及ぶ恐れがあるところさね。ルークは恐ろしく自己中心的なガキだからね。しかも頭がキレる。本当に末恐ろしいヤツだよ。


 今回の件については、せっかくの機会だから普段の悪事の分もしっかりと搾り取ってやるさ。だからあとはこのババアに任せておきな。


 しかし、ルークはウインクの意味を「呪いについては黙認してやるから、この件はマドリー様に譲りな」と解釈していた。


 この婆さん、本当に司祭かよ。8歳児に向かって脅迫してくるとか。しょうがない。さすがに8歳児であるこの身では覆すのは難しい。


 ルークは諦めた表情でマドリーにウインクを返す。するとマドリーは爆笑した。


「アッハッハハハハ。こいつはいい。私も期待に添えるようにしようじゃないか」


 突然笑い出したマドリーに周囲は唖然とするも、剣呑な空気は無くなり人集ひとだかりも徐々に無くなっていくのであった。

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