11月 アンケート

 理玖と一緒に入った喫茶店で食べた、季節限定のデニッシュがおいしかった。席に座ったままスマートフォンを壁際の二次元バーコードにかざしていると、「なにしてるんだ?」と不思議そうに尋ねられた。



「アンケート答えてる」

「アンケート?」

「そう」



 俺はうなずいて、二次元バーコードの下の表示を指さす。『お客さまの声、お聞かせください』と書かれた文字を見て、理玖はふうん、と息をもらした。



「お前、こういうの答えるタイプなんだな」

「うーん、まあそうかも」



 俺は軽く答えて、「接客はどうでしたか」「商品の提供時間はどうでしたか」等々の設問に、全て「非常に満足」で答えて、自由記述欄にたどりつく。『季節限定のデニッシュがおいしかったので、定番化してほしいです』と文字を打つ。



「なんかさ、俺別に、こういうの苦じゃないし。ちょっと手間かけるだけで誰かが喜ぶんなら、その方がきっといいだろうなって思うんだよね」



 俺の親指が送信ボタンを押したのと、理玖がささやかな笑いをもらしたのは同時だった。俺がスマートフォンから顔を上げると、理玖は頬張っていた卵サンドを口から離して、可笑しそうに目を細めた。



「人類が皆真輝みたいな人間だったら、この世から戦争はなくなるかもな」



 ええ? と首を傾げて首を傾げる。理玖はもごもごと頬を膨らませて卵サンドを咀嚼しながら、「そうだろ」とキッパリ言った。



「皆がみんな、見ず知らずの誰かを喜ばせるためにアンケートに答える世界なら、誰も不幸になんかならない」



 そう言われればまあ、そうなのかもしれないけれど。



「じゃあ、理玖も答えてよ」

「なにに?」

「アンケート」

「俺は嫌。面倒」



 容赦のない即答に呆然と口を開けて黒い瞳を見つめると、理玖はにしし、といたずらっぽく笑った。



 世界平和は、まだまだ遠い未来の話らしい。

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