10月 霧雨
会社を出てすぐに、折り畳み傘を忘れたことに気がついた。俺は白く煙るあたりを見回してから、えいやっと勢いよく足を踏み出した。
柔らかいミストが、頬や指先を包み込む。見事な霧雨だった。水滴の一粒ひと粒は驚くほど小さいのに、髪や頬が、みるみる内に湿っていく。
家に着く頃には、俺はずいぶん濡れそぼってしまっていた。身震いをしながら鍵を開け、扉を開けると、部屋の方からタオルを持った真輝が歩いてきた。
「お帰り、理玖」
靴を脱ぐなり、ぐっと引き寄せられ、タオルを被せられる。「お前、なんで先にいるんだ?」と問いかけると、たまにはね、と肩をすくめる真輝である。
おおかた、午後有給でも取得したのだろう。本格的に具合が悪いわけではないだろうが、季節の変わり目に、真輝は弱い。
真輝は立ったまま、熱心に俺の頭をふいた。真剣な顔つきが生真面目な僧侶のようで面白く、俺は思わず吹き出した。
「真輝はさ、なんでそんなによくしてくれるわけ?」
「ん? 理玖が好きだからだよ」
即答だった。あまりにもはっきり言われると、人は照れる気にもならないのかと学習する。
「そりゃどうも」
礼を言って見つめると、優しいキスが帰ってきた。柔く、儚い感触は、肌を濡らす霧雨に似ていた。
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