9月 名月
駅のホームを出ると、湿っぽい熱気が肌を包んだ。俺は反射的に顔をしかめつつ、家へと向かう大通り沿いを目指した。
少し涼しくなったのも束の間、今週の初め頃から、夏が舞い戻ってきたらしい。太陽は着実に早く沈むようになり、あたりはもう暗いのに、少し歩いただけで背中に汗がにじむ。
スーツのワイシャツはずっと、半袖のままだ。長袖なんて、想像しただけで、暑苦しくてたまらない。
まだ暑い夏の終わり頃から、ショッピングモールのマネキンは、秋物のジャケットをまとっている。クーラーを強く効かせた店内でそれを見ると、俺は自分が宇宙人になったような気持ちになる。
身震いするほどに涼しいショッピングモールは、別の惑星。俺は常夏の星から来た宇宙人。
シックな秋服に魅力を感じないわけではない。でもそれらは全て観賞用で、自分が本当に求めているのは、軽くて通気性のいい無難なTシャツだ。
突如夏に引き戻された俺たちは、あとどれくらい暦に置いていかれるのだろう。いつか、その差が絶望的なほど開いて、世界の全てが本当に常夏になったら、ショッピングモールの惑星には常に半袖が並ぶのだろうか。
ふと想像して、こっそり笑いながら空を見る。ほぼ円に近い月が建物の陰から覗いて、今日が中秋の名月だったと思い出す。
常夏の星でも、月が綺麗だったら嬉しい。
それは多分、皆そう思うだろうから、世界が常夏になっても中秋の名月は消えない。『晩夏の名月』みたいに名前を変えて、これからも残り続けるに違いない。
無性にお月見がしたくなって、道沿いのコンビニで、スイーツコーナーに置かれた月見団子を二つ買った。俺が年中行事を気にするなんて滅多にないことだから、理玖はきっと、目を丸くして驚くだろう。
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