9月 四四◯円
午前中に洗濯をして、午後は家から三十分くらい歩いたところにある百円ショップでお皿を買った。パンダの柄の、税込四四◯円の深皿だ。
柄に一目惚れした俺が「これにしようよ」と声をかけると、理玖は若干不満そうに眉をひそめた。いわく、「なんで百均なのに四四◯円なんだ」らしい。
そんなの、今時珍しくもなんともないじゃん――皿を買い物かごに入れながら、俺は返す。「当たり前みたいな顔してるのが嫌なんだよ」と理玖が答える。
俺は軽く笑って肩をすくめつつ、問答無用で皿をレジへ持っていった。今使っている、何度擦っても油汚れが落ちないプラスチックの器とおさらばできるなら、四四◯円×ニ枚分なんて安いものだ。
その点に関しては同意見のようで、理玖も結局は、それ以上なにも言わずにレジまでついてきた。百円ショップは家から遠いので、この機を逃したら次いつ来るかわからない。かといってパンダの他に、目ぼしいデザインも見つからない。
レジのお姉さんは、新聞紙でお皿を包んで渡してくれた。そこまでやってくれるのは今時珍しく、ありがたかったけど、手つきが思いの外ゆっくりでちょっと驚いた(包み終わるのを待っている間に、隣のレジの会計が二人分終わった)。
皿をカバンにしまい、理玖と並んで店を出る。ずっと欲しかった物が買えて、俺は機嫌がよかった。機嫌いいついでに理玖の肩に手を回したら、「なに」と可愛いジト目が返ってきて、ますます機嫌がよくなった。
大通り沿いの歩道を、他愛のない会話をしながらゆっくり歩く。まだまだ暑いけど、やはりどこか、風に涼しさがある。ああもう、九月も半ばなのかと考える。途端に少し、胸の奥が、軋む。
「真輝?」
理玖が心配そうな顔をした。その頭にそっと触れて、さらりとした髪の感触に集中する。
季節の変わり目が苦手だ。「あと何回」とつい、遠い未来のことを想像してしまうから。
俺が死ぬまで、あと何回夏が来るのだろう。
そのうちの何回を、理玖と過ごせるのだろう。
答えのわからないその問いを、俺は頭の中で何度も転がした。
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