9月 しだれ柳
夕食を食べていたら、どん、と腹に響く低音が聞こえてきた。「花火かな」と真輝が言う。そうかも、と立ち上がり、俺はベランダの窓を開けた。
どん、どん、と音が続く。恐らく花火で間違いはない。でも色とりどりの光の花は、建物に囲まれたベランダからは見えそうにない。
食べ終わったら観に行こう、と真輝が笑う。「今からじゃ間に合わなくね」と返すと、音の方角的に、アパート近くの土手からなら見えるかも、と言ってきた。
真輝がそう言うなら、そうなのかもしれない。
俺は席に戻って、残っていた白身魚を咀嚼する。花火が終わってしまうかもしれないと思ったら、箸を動かす手が自然と速くなった。
外に出ると、アスファルトには夕方の雨が残っていた。今年の夏はなんだか、雨の多い夏だった。
そう伝えると、真輝は「そうだねえ」といつもの調子で呑気に相づちを打った。
鳴り続ける花火の音。熱気に蒸された植物の香り。地面から立ち上る、二人分の足音。
「今年の花火、理玖と観れてよかった」
コンクリート製の階段を上った先、遠くの空に打ち上がった花火を見て、真輝は眩しそうに目を細めた。その横顔があまりに嬉しそうで、俺は思わず、真輝が夢でも見ているんじゃないかと疑った。
頬を撫でる風は相変わらずぬるく、でも少しだけ、以前よりも冷たさを帯びているような気がした。しだれ柳の金の尾を眺めながら、夏が終わる、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます