8月 嵐

 今週の金曜日は、台風が来る来ると散々騒ぎになったのに、その割には静かな夜だった。ベッドに寝転がって外の音を聞くともなしに聞いていたら無性に買い物がしたくなって、俺は真輝をコンビニに誘った。



 自室でスマホゲームに夢中だった真輝は、俺がウキウキと声をかけると、少しだけ嫌そうな顔をした。器が小さい俺はそれがどうにも気に食わなくて、わざと気づかないフリをして言葉巧みに真輝を連れ出した。



 アパート近くのコンビニは、所々棚に空きができていた。俺が確認した限りでは、おにぎりの何種類かと弁当、ブティックの飲み物のうち比較的甘めのもの、あとは飲むヨーグルトなんかが品切れだった。



 幸い俺はそのどれにも用がなかったので、菓子のコーナーをぐるぐる徘徊して気になった商品を片っ端からカゴに放り込んでいった。なぜか全部チョコレートだった。全部で一八◯◯円。買い過ぎである。今年の夏は、夏バテどころか異様に腹が減る。



 自分のトートバッグにもたもたと商品を入れていたら、店員がレジ台に残っていたグミチョコレートを手渡してくれた。礼を言って受け取り、自動ドアをくぐる。



「お待たせ」



 先に外に出ていた真輝に合流して、徒歩五分の帰路をいく。見上げた空には雲の切れ間が見えた。「こりゃ、雨降んねーわ」と俺。「わかんないよ」と真輝。



「でもあそこ、見てみ? 晴れてる。降らないよ」

「でも天気予報では降るって言ってる。俺は降る方に賭ける」



 思いの外強い口調で返されて、ちょっと困惑した。「怒ってんの?」の問いかけても、真輝はわずかに顔をしかめただけで、明確な答えを出さない。



「なに、俺が無理矢理連れてきたから?」



 自室で淡々とゲームに打ち込んでいた真輝を思い出す。正直、最終的に決断を下したのは自分なんだから、今さらグダグダ言うなよと俺は思う。でも真輝はどうやら、そういう感覚が薄いというか、表面だけ合わせて裏では全然納得してないなんてことが時々あるので、俺も気をつけてはいる。



 ――気をつけているのに結局強引になってしまうから、こうやってたまに喧嘩になるのだけれど。



 そう思って、内心少し反省をしていたら、真輝がおもむろに口を開いた。



「……店員さん」

「は?」

「理玖のレジやってた店員さん」

「はあ、」

「最後、指がちょっと触れてただろ」



 そう言われれば、そうかもしれない。グミチョコレートを渡してもらった時だ。



「それが少し……嫌だった」



 それきり真輝が黙ったので、しばらくは風の音がごうごうとうるさかった。え? と戸惑いながら歩くこと一分。やっと理解が追いついて、俺は真輝の横顔をまじまじと見つめる。



「それで機嫌が悪かったってわけ?」



 真輝はこちらを振り向かないまま、気まずそうにうなづいた。隠しようのない耳だけが赤くて、それがひどく可愛らしくて、俺は思わず声を上げて笑っていた。



「お前、馬鹿だなあ」



 暗闇。路地。恥ずかしがる恋人。



 そうしない方が変だろうと思って口づけたら、「外ではやめろ」と怒られた。いつもは穏やかな俺の恋人は、今宵は少しご機嫌ナナメらしかった。

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