8月 ベランダ

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、カーテンがわずかに揺れていた。近づいて捲り上げると、先に風呂を出た真輝が、首にタオルをかけたままベランダに立っていた。


「風邪ひくぞ」


 そう声をかけて、サンダルを履く。「うん」と応じつつ、部屋に戻る気など、真輝には微塵もないようだった。夕立のお陰でいつもよりは涼しい夜風に、気持ちよさそうに目を細めている。

 

 懲りないやつだな。


 呆れつつ、自分の髪などそっちのけで、俺は真輝の頭に手を伸ばしていた。


「自分の頭ふきなよ」

「嫌だ。こんなタイミングでまた熱でも出されたら、今度こそ病院探しが大変すぎる」


 真輝は先週、既に一度熱を出している。日曜日だったので病院を探すのに苦労した。


 二人して地元への帰省は見送ったが、世間はお盆休みである。当番医が近いとも限らない以上、体調は崩さないに越したことはない。


「ふふ」

「なんだよ」

「こうやって頭ふいてもらうの、なんかいいなあって」

「のんきなこと言ってんじゃねー」


 そう答えても、真輝は嬉しそうに微笑んだままこちらに身を預けていた。ごしごしと遠慮なくタオルを動かし、ある程度水気が取れたところで手を放す。「ありがとう」と礼を言ってから、真輝が続ける。


「ねえ理玖」

「どうした」

「月が綺麗ですね」

「は?」


 目が合った真輝は、人差し指を持ち上げて空を示した。その先では、黄色く光る三日月が、夜の闇に細い傷口をつくっていた。


 確かに綺麗だ。こういう時、どうやって答えればいいんだっけ――そうだ。思い出した。


 すっと息を吸い込んで一瞬、ほんの少しだけ迷いがよぎった。『こいつ、こんなに情緒があるタイプだっけ』という迷いだ。


 それでも、伝わると信じて言葉を紡ぐ。だってこれは、あまりにも有名な話だから。


「死んでもいいわ」

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