6月 いじわる

 酒を飲むと頭がふわふわする。俺はその感覚が結構好きで、たまの宅飲みではつい飲み過ぎてしまう。



 りく、と俺を呼ぶ真輝の声が、いつもより甘く聞こえた。これも酒のせいだろうかと考えて、そんなわけないとすぐに気づく。耳をくすぐる吐息が熱い。



 続いて降ってきた唇も、びっくりするくらい熱かった。差し込まれた舌の表面に残ったビールの苦味を、つい自分の舌で追ってしまう。



 しばらく夢中でキスを楽しんで、俺は真輝から唇を離し、その顔をまじまじと見た。とろんとした目がとても可愛い。「まき、」と呼ぶと、ふと我に返って恥ずかしそうに視線を逸らす。



「なに」

「したいんだけど」

「……やだ」

「なんで」

「だってお前、全部忘れるじゃん」



 俺が頬を膨らませても、真輝は折れてはくれなかった。「忘れないよ」と答えると、「はい、ダウト」と冗談混じりに言って離れていってしまう。



「なんで」

「前科一犯だから」



 それを言われると、俺はなにも言い返せない。確かに俺は、真輝との『ハジメテ』をひとつも覚えていない。



 それが真輝の心に深い傷を残したことは明白で、普段は俺に甘い真輝が、俺が酔っている時は絶対にセックスをしないことからも、それは確かなことだった。



 すごく申し訳ないことをしたと思う。でも俺は性格があまりよくないから、『もったいないことしたな』とつい頭の片隅で考えてしまう。



 真輝は俺としたのが初めてだったらしい。初めてのセックスに恥じらって赤くなる真輝は、きっとすごく可愛かったはずだ。今だって十分可愛いけれど、やっぱり初めては特別だろう。



 そんな特別な真輝の姿を、俺はもう一生思い出せない。



「真輝」



 ん? と振り返った真輝が、俺の顔を見た瞬間に勢いよく吹き出した。「お前、ただでさえ酒癖悪いのに、泣き上戸でもあるの?」と言って、笑いながら戻ってくる。



「まき、まき」

「はいはい。歯磨いてもう寝るよ」

「うん。ねえまき、おれさ。おれだって、かなしいんだけど」

「……うん。わかってる」



 いじわるでごめんね、と真輝は謝った。少し困ったようなその笑顔を、こいつはこういう顔もするのかと思いながら、俺はぼんやりと見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る