6月 深海
ふと目が覚めた。ぼんやりと開けた視界がまだ暗い。枕元のスマートフォンを手に取る。午前三時。中途半端な時間だ。起きる気にもならないが、寝直してもどうせ寝不足になる。
電源を切ってスマートフォンを元に戻したところで、真輝がいないことに気づいた。耳をそばだてて気配を探る。隣の部屋からも、キッチンからも、人の気配は感じられない。
「真輝?」
そろりと布団を抜け出して洗面を覗いた。トイレも風呂も真っ暗だ。なんで、とつぶやきがもれた。スマートフォンにも連絡はきていなかった。
きゅ、心臓が縮まる。出かけたのだろうか。こんな時間に、何をしに?
アパート近くのコンビニだろう、と、理性はすぐに結論を出した。でも心の方が、心細さと不安を訴えた。
とりあえず気を落ち着けようと、マグカップを取り出してココアを作った。冬場はよく飲んでいたが、五月に入ってからはあまり飲んでいない。
一人きりの薄暗いキッチンは静かだった。大通りの方からは車の行き交う音が聞こえてくる。しかしそれも、窓ガラスを一枚挟んだだけで、何もかも別世界のように感じられた。
まるで海の底だ――光も音も届かない、閉鎖された世界。薄暗い闇が辺りを満たしていて、息が詰まる。
早く帰ってきてくれよ。
そう思ったら、玄関の外に足音が聞こえた。
俺はほっとため息をついていた。どんな文句を言ってやろうかと思案しながら、玄関の前まで歩く。
「ただいま。ごめん、理玖、起こしちゃっ」
ぎゅ、と抱きしめると、真輝は「わあ、」と驚きの声を上げた。「ごめんね」と温かい手が背中に回る。
「馬鹿」も「メッセージくらい残せ」も言えなかった。「いなくなったかと思った」と俺がつぶやくと、「そんなわけないでしょ」と答えて、真輝は笑った。
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