5月 風呂

「そろそろ風呂入ったら?」



 水曜日の二十三時半である。俺が声をかけると、理玖はベッドにうつ伏せになったまま呻き声を上げた。



「やだ」

「やだじゃないよ。明日も仕事だろ」

「やなもんはやだ」



 ぎゅっと枕に顔を埋めて壁際に寄った理玖は、掛け布団を頭の上まで引き上げて、完全に籠城モードである。はあと思わずため息がもれた。ここからどうやって風呂に入らせようかと、頭をかきながら思案する。



「怒った?」



 布団の奥から、理玖の不安げな瞳がちらりと覗いた。そんな顔をするくらいなら、最初から素直に入ればいいのに。



「怒った」



 少し意地悪がしたくなって、真剣な顔で言ってみる。理玖の目が一瞬、大きく見開かれた。直後、細い眉が悲しそうなハの字を描く。



「ごめん……」



 落ち込んだ声色に、予想以上に胸が痛んだ。布団の中に戻っていく顔を追いかけて、「うそ。嘘だって」と声をかける。



「ちょっと意地悪したくなっただけ。怒ってないから」

「嘘だ。怒ってる」

「怒ってないって」

「ほんと?」



 ちら、と幅広の二重が再び覗く。しっかりと見返してうなずくと、しなやかな腕が伸びてきて首筋に巻きついた。



「起こして」



 ベッドの足元に腰を下ろして、痩せた体を引き起こした。「眠い」と目をしばたたかせた理玖は、巻きつけた腕をそのままに前のめりになってもたれかかってくる。



「眠くなる前に入ればいいんだよ」

「うん。わかってる」



 真輝が脱がせてくれたら入る、と言って、理玖は気だるげに両手を持ち上げた。



「ええ?」



 子どものような仕草に、「仕方ないな」と思わず笑いがもれた。だいぶゆとりのある上着の脇に手を入れて、ゆっくりと持ち上げる。白い生地の奥から滑らかな肌が覗く。



 Tシャツを取り払った瞬間、正面からぱっちりと目が合った。逆立った髪を戻そうと、理玖が勢いよく首を左右に振った。



「そっちはいい」



 腰に伸びた俺の手をやんわりと退けて、理玖は逃げるように立ち上がった。ウエスト付近の、背骨の辺りにある二つのホクロが、白い室内灯の下で浮かび上がる。



「照れた?」

「……別に」

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