5月 深夜

 耳にすり寄せるようにして理玖の荒い息づかいが聞こえる。下腹部に押し当てられた熱が切なそうに揺れている。



 「まき、」とほとんど吐息のように名前を呼ばれて、我慢がきかず爪を立てた。熱く、汗ばんだ肌にわずかだが確かな傷跡がつく。



「入れたい」

「……だめ」

 

 真輝のそれ、本当にタチ悪い。



 そう言って泣きそうな顔をしていた理玖は、しばらく名残惜しそうに俺の全身をまさぐっていたが、つい五分ほど前に寝てしまった。



 恋人が寝てしまった2DKのアパートはずいぶんと静かで、時計の音がよく響く。大通りの方から車の走行音が聞こえてきて、こんな時間でも移動する人がいるんだなあと妙に感心する。



 一時半だ。



 小腹が空いて、キッチンでインスタントのオニオンスープを作った。素朴で温かな液体に満たされてようやく、腹の底に燻っていた熱が鎮火する。



 椀から立ち上る白い湯気を見ていたらふと泣きたくなった。セックスは嫌いじゃないけれど、気持ちよければ気持ちいいほど、どうしようもなく切なくなる時がある――生きていることも、死んでいくことも。



 本能のままに腰を揺らせば、快感の隙間から罪悪感がちらりちらりとこちらを覗く。それがなにに対してなのかは、自分でもよくわからない。



 スープを飲み切り、もう一度歯磨きをして、ベッドに戻った。理玖の青白い頬をそっと撫でる。月に似た滑らかな丘陵はどこまでもあどけなく、獣の面影はもう感じられない。



 そっと口づけて隣に寝転ぶ。大通りの方からは相変わらず、車の行き交う音が聞こえてくる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る