4月 変わり者

 会社の帰りにふと回り道をしたら、先週は満開だった桜がほとんど散っていた。花びらははらはらと潔く風に舞い、額だけが残された枝はみすぼらしい赤に染まる。それがなんだかひどく悲しくて、家に帰るなり真輝に伝えると、うーんと首を傾げた真輝はうっすら笑って「面白いよね」と言った。



「面白い?」



 思わず怪訝な顔で尋ね返してしまう。悲しいと言ってるのに――そんな俺の心情を察したのか、「ごめんごめん」と謝って、真輝は続けた。



「桜ってさ、一番綺麗な瞬間の後に、一番醜い姿がくると思わない? もちろん悲しいんだけど、ギャンブルみたいな面白さがある。だからお花見ってこんなに毎年大騒ぎなのかなあって、最近よく考えてたから」



 ごめんね、ともう一度謝って、真輝は夕食の支度に戻っていった。言っていることはわかる。わかるけども。



「真輝って時々、びっくりするくらい情緒がないよな……」



 ぼそっとつぶやいたのは、真輝には届かなかったようだ。



 やれやれと肩をすくめて窓際に座る。閉めていたカーテンを捲り上げて外の景色を覗けば、朧げにかすむ月が見えた。月と言えば――うさぎ、餅、カニ、女――真輝は何を考えるだろうか。もしかして、地球の衛星だとか、自転と公転の関係でいつも同じ面しか見えないだとか、そういう方面にいくんだろうか。



 真輝は面白い。なんだかいつも『自分は至って普通の人間です』みたいな顔をしているけれど、そこそこに変わった奴だと思う。そんな一面を見つけるたびに少し嬉しくなるのは、真輝には秘密だ。

 


 外もだいぶ暖かくなってきた。もう少ししたら真輝と夜の散歩でもして、「月が綺麗ですね」と話しかけてみようと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る