3月 ラブレター

「まあ世の中、色んな人間がいるわな」

「なに急に」



 珍しいじゃん、と応えると、理玖はコタツにすっぽり入ったまま天板に頬をつけ、眩しそうに目を細めた。



「今退職シーズンでしょ?」

「退職シーズン……まあ別れの季節だよな」

「色んな人が挨拶に来るわけ。そうするとさ、意外と涙もろい人がいたりとか、ああこの人こんなこと考えてたんだなあとか思う瞬間があったりさ」

「お前の会社そんなに人いたっけ」

「いる。俺総務だから勝手に顔覚えられてたりもする」

「で、名前も知らない女の子に告白された、と」



 下方向からのじっとりとした視線を感じる。何も言わないですましていると、「気づいてたのかよ」とぼやいて理玖は大きくため息をついた。



「なんでわかった?」

「ポケットに桜柄の小さい封筒が入ってた」

「まじ」

「俺に隠し事するなら、まずはその辺にズボン脱ぎっぱなしにする癖をどうにかしないと」

「いや別に、隠すつもりでもなかったんだけど……もちろん断ったから」

「いいよ。今時手紙なんて、なかなか可愛らしい」



 理玖のスラックスからその小さな紙片を取り出した時、その手触りにはっとさせられた。高校時代、理玖の持ち物からするりと逃げ出したラブレターをよく拾っていたことを思い出す。大体が無地か花柄で、時たまハート柄。男子高校生の世界には存在し得ない細々とした可愛らしい物体に、そこから感じられるほのかな甘い香り。



 うらやましい、と思っていた。それが理玖に対してだったのか、彼にまっすぐ気持ちを伝えられる女の子たちに対してだったのかは、もう思い出すこともできないけれど。



「なあ、悪かったって」

「別に怒ってないけど」

「じゃあそんな顔すんな」

「え、」



 顔を覗き込まれて、俺は思わず自分の両頬をぺたぺたと触った。特別変な顔をしていたわけでもなさそうなのに、理玖は少し申し訳ないような表情で俺の頭をゆっくり撫でた。



「俺宛のラブレター、真輝は昔から嫌いだろ」



 ごめんな、と動いた唇が、額にふんわりと触れて去っていく。触れられたところから筋肉が弛緩していくのを感じて初めて、俺は自分の顔が思っていたよりも強張っていたのに気づいた。

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