3月 衣替え
近所の服屋で見かけたアウターが気に入ったからと言って理玖が唐突に衣替えを始めた。なぜ衣替え、と尋ねれば「合わせる服があるかどうかはわからないから」だそうだ。理玖は自分の持ち物に対して存外潔癖な節があるので、無駄なものは持ちたくないという意思からの行動だろう。元々それほど入っていない衣装ケースの中からあっという間に全ての服を取り出して、ああでもないこうでもないと吟味しだした。
「うーん、色がなあ」
スマートフォンをいじる俺の前で腕を組み悩まし気にうなっている。
「何色なの? 欲しいやつは」
「カーキ。緑寄りの」
そう言われれば、理玖の服は既に同じようなカーキ色の上着やズボンが集まっている。カーキにカーキは合わせずらそうだ。
「ベージュ寄りだったら百点だったんだけどなあ」
「そうだな」
一口にカーキと言っても様々な色味があるのだと以前理玖が言っていた。そんなやけに細かい知識をどこから仕入れてきたのか、結局聞けず仕舞いだったけれど。
「今度一緒に他の店も見に行ってみる?」
「いいの?」
「うん。俺も見たいから」
いつの間にか外の景色も春めいてきた――それはもしかしたら気持ちの問題かもしれないが。相変わらず寒いし薄暗い日も多い。しかし、三月の街並みに冬用の真っ黒いダウンジャケットは馴染まない。
「じゃあ次の休みは買い物デートだ」
理玖の唇が柔らかくほどけた。ああここにも、春が一つ。艶やかな桜が俺を誘っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます