3月 衣替え

 近所の服屋で見かけたアウターが気に入ったからと言って理玖が唐突に衣替えを始めた。なぜ衣替え、と尋ねれば「合わせる服があるかどうかはわからないから」だそうだ。理玖は自分の持ち物に対して存外潔癖な節があるので、無駄なものは持ちたくないという意思からの行動だろう。元々それほど入っていない衣装ケースの中からあっという間に全ての服を取り出して、ああでもないこうでもないと吟味しだした。



「うーん、色がなあ」



 スマートフォンをいじる俺の前で腕を組み悩まし気にうなっている。



「何色なの? 欲しいやつは」

「カーキ。緑寄りの」



 そう言われれば、理玖の服は既に同じようなカーキ色の上着やズボンが集まっている。カーキにカーキは合わせずらそうだ。



「ベージュ寄りだったら百点だったんだけどなあ」

「そうだな」



 一口にカーキと言っても様々な色味があるのだと以前理玖が言っていた。そんなやけに細かい知識をどこから仕入れてきたのか、結局聞けず仕舞いだったけれど。



「今度一緒に他の店も見に行ってみる?」

「いいの?」

「うん。俺も見たいから」



 いつの間にか外の景色も春めいてきた――それはもしかしたら気持ちの問題かもしれないが。相変わらず寒いし薄暗い日も多い。しかし、三月の街並みに冬用の真っ黒いダウンジャケットは馴染まない。



「じゃあ次の休みは買い物デートだ」



 理玖の唇が柔らかくほどけた。ああここにも、春が一つ。艶やかな桜が俺を誘っている。

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