2月 チョコレート

 うちのバレンタインは、いつからか真輝がチョコを用意することになっている。理由は簡単で、俺の方が甘党だからだ。



「理玖、いつもありがとう」



 夕食に使うピーマンを切っていると、甘ったるいバックハグと共に真っ赤な箱が目の前に現れた。手のひらサイズの小さな正方形には、艶やかな白いリボンが丁寧にかけられている。



「今年は手作りできなかった。ごめん」

「もらえるだけで嬉しいよ」



 包丁を置いて振り返ると、まっすぐな視線と目が合った。そのまま頭を撫でてやりたい気持ちに駆られるが、手があまりにもピーマンくさいことに気づいて流しまで歩く。俺がハンドソープで念入りに手を洗う間、真輝はずっとクスクス笑っていた。



「デパ地下で一番高そうなのにしたんだ」



 手を拭いて向き直り、満を持して抱きしめると、真輝の嬉しそうな声が耳元で響く。



「理玖の好きなミルクチョコ系」

「うん」

「形が凝ってるやつと迷ったんだけど、理玖は結局味かなって思っ」



 言い終わる前にキスをする。真輝は驚いたように小さく体を反らせた。逃げる背を引き寄せて腰の辺りをまさぐり、スーツのウエストから尾てい骨をなぞると、背中に回されていた手がぴくりと跳ねた。



「待ってよ。ピーマンどうするの」

「そんなの後でいい」

「よくないって。俺腹ペコなんだけど」



 真輝の輪郭を両手で引き寄せて逃げ場を奪う。強引に舌を絡ませて先ほどよりも深く長いキスを続けるうちに、息の上がってきた真輝がぐっと体をすり寄せてきた。



「りく」

「うん」

「りく、おれ、」



 したい、かも、と酷く甘い声でねだる真輝を、俺は体からそっと引き剥がした。



「え」



 真輝のたれ目がぱちくりと瞬く。俺がにんまりと笑うと、真輝はかーっと顔を赤くしてその場にしゃがみ込んだ。



「やられた……」

「あはは。だってピーマン切んなきゃだし」



 「腹ペコなんだろ」とからかえば、朱に染まった目元が恨みがましく見上げてくる。



 駄目だ。可愛すぎてもったいない。



 俺は胸の内でつぶやきつつ、真輝の手からチョコの箱を抜き取ってじっくりと眺めた。



「今日はさっさと夕飯食べてさっさと風呂に入って、それからゆっくり食べるとしますか」

「はいはい。好きにすれば」

「……いいの?」

「いいも何もお前の物だろ」

「へえ、そう」

「そうだろ。なんでそんなににやにや、」



 そこまで言って、真輝は言葉を切った。何かを悟ったようにぱっと顔を上げる。



「チョコの話だよな?」

「んー?」

「なあ、理玖」

「さあね」



 肩をすくめてたっぷりの流し目をお見舞いすると、真輝は目を白黒させながら慌てて立ち上がった。後ろで何やらモゴモゴと抗議するので、俺は振り返ってにっこりと微笑んでやる。



「チョコも真輝も、もう俺のものでしょ」

 

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