2月 枯木
「早く桜咲かないかな」
俺がぼやくと、隣を歩く真輝が吹きだすように笑った。
「気が早くない? まだ二月だよ」
「そりゃそうなんだけどさ」
駅前から伸びる通りを歩きながら、頭上に張りだした桜の枝を眺める。老人の腕のような枯れ枝には、当たり前に花もつぼみ見当たらない。
最近無性に桜が恋しい。身の縮むような寒さに日々さらされて、心が限界を迎えつつあるのかもしれない。
「理玖は寒いの苦手だからね」
温い熱が右手に忍び込んでくる。真輝が人前でも手をつなぐようになったのはいつからだろう。高校生の頃はまだ難しかったような気がする。学校からの帰り道、人目を盗んで手をつないだあの日からもう八年が経とうとしている。
「どうした?」
つないだ手を見つめる俺に気づいて、真輝が不思議そうな顔をした。何気ない表情で幼子のように首を傾げるのが真輝の癖だ。
「なんでもない」
ぴゅう、と風が吹いて思わず肩をすくめる。「明日は大雪だって」と真輝がつぶやく。
「まじか。仕事、休みになんないかな……」
「どうだろうね。電車がさっさと止まってくれればいいんだけど」
なんとも不謹慎な本音に笑ってしまう。確かに、人間は働きすぎだ。たまの大雪くらい休めばいいのに。
近くの本屋をぶらぶらと徘徊して戻る頃には、日が落ちて辺りが暗くなり始めていた。往路で見上げた桜の樹には、黄色っぽいイルミネーションが煌々と輝いていた。
「電球、気がつかなかったなあ」
「俺も」
二人で立ち止まって、ぼんやりと頭上を眺める。光の花が加わると枝振りの立派さがより際立ち、ますます桜の季節が待ち遠しくなるのだった。
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