2月 節分
真輝が恵方巻きを買ってきた。「太いのと細いのがあったけど、太いのにしておいたよ」と言うので「よくやった」と褒める。へらっと笑った顔が可愛い。さすが俺の恋人。
「今年の恵方は東北東らしい」
そう教えると、真輝は「そうなんだ」と素直にうなずいて方角を確認し始めた。
「北東の、ちょっと東寄りだから……」
東北東には、写真や雑貨を飾っている棚があった。オマケでついてきた鬼のお面がちょうど置かれていたので、それを見つめながら二人で黙々と恵方巻きを頬張った。
毎年思うのだが、恵方巻きを風習通りに一息で食べようとすると、飲み込むのに精一杯で食べた気がしない。口をもごもごさせながらなんとか最後まで食べ切ると、先に食べ終わっていた真輝が「願い事、何?」とすかさず尋ねてきた。
「そんなの、言ったら叶わなくなるだろ」
「そうなの?」
「違うの?」
「……そうだったかも」
遠い記憶を探るような真輝の顔が面白くて、俺は笑った。真輝は年中行事を普段から楽しむというタイプではないので、節分なんて地味なイベントを真剣にやったのはせいぜい小学生の頃が最後なのではなかろうか。
「来年は豆まきもやろうぜ」
「え? 大の大人が二人で?」
「おう」
「絵面、やば」
「別にいいだろ。二人っきりなんだから」
自分で口にしておいて、俺は『二人っきり』という言葉の甘さに驚いた。そうだ、二人っきりなのだ。これからもずっと、二人だけで、二人だけの世界で。そこには鬼もいないし、福の神だってきっと入る隙がない。
照れくさそうに笑う真輝を見て、自分も同じ表情をしているのだろうな、と直感する。二人きりの2DKで、神頼みなんてする必要がないくらい、俺たちは十分に幸福だった。
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