宝石の日々へ

ヨートロー

第1話 宝石

「君はさ、忘れたことを思い出したいとかは思わないの?」

「……それは、当然だろ」

「そーなんだー。てっきり諦めてここでのんびり暮らすのかと思ってたよ」

「ここで暮らすのと、思い出すのとは別問題じゃないか?」

「まぁ、それもそうか」


 夜空は雨雲に覆い隠されていて、星は見えそうになかった。

 代わりに水平線の先で、時々強烈な光が瞬き大気を切り裂く音が浜辺にいる二人の耳にまで届く。

 雨が降る。少しづつ強く。


「私ね、嬉しかったんだー。ここで君を見つけて息してるのを確認した時」

「なんで」

「……だってここには私とお父さんしか住んでなかったから。家族いがいの人なんて、師匠ぐらいだし、友達が出来そうって思ったらさ」

「そうか」


 半年前。

 この浜辺に一人の少年が流れ着いた。

 保護をされ、意識を取り戻した後も、暫くはまともに会話できなかった。


 一ヵ月が過ぎて、ようやく少年がたどたどしく話し始めた。

 自分にはここに来るまでの記憶がない。言葉も忘れてしまった。

 ようやくしゃべれるようになったと。


「君、強くなったよね」

「……師匠のおかげさ」

「そうかなー、私もおんなじ人に、それも何年も前から教えてもらってたけど。今じゃ君には全然かなわないよ?」

「そんなことないだろ。さっきだって、ギリギリだった」

「……えへへ、そっかぁ」


 彼女は膝を抱え、濡れる顔を埋めた。

 彼は彼女の隣に座り、雨粒が目に入るのも構わず上を見ていた。


「ごめんね」

「なにがだよ。……何も悪いことしてないだろ」

「ううん、私が悪いの。私が本当は弱かったから」


 浜辺の砂に、紅いしみが沈み込んでいく。

 それはさっきからずっと流れ続けていて、彼はそれを見ないように空を見上げていた。


「あー、そろそろ、きついかも」

「……そうか」

「さっきまでのことで感じたことがあるの。君はきっとまた同じ人たちに出会うことになる」

「このこと自体は君の記憶とは一切関係ない気がする。でもね、わかるんだ、私。君はこのためにいるんだって」

「……嫌だなあ」

「あははっ、だよね。やだよね」


 彼女の息が短くなる。膝に顔を埋めているのは、もはや自身の身体を支える力すら残っていないからだった。

 彼はそのことに気づき、彼女を寝そべらせた。


 そこからはもう反対ではなく、互いの眼しか見えていないようだった。


「あの時とは逆になっちゃったね」

「うん」

「……君を見つける前の日の夜、流れ星を見たんだ。きっとその星はこの大陸のどこかに落ちた」

「うん」

「いつか一緒に、って思ってたんだけど。……探しに行ってきてくれる?」

「うん」

「ありがと……」


 彼女は眠りに就いた。

 雨に濡れたその顔は、とても晴れやかだった。

 彼は立ち去り、大波が来て、赤いしみもなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宝石の日々へ ヨートロー @naoki0119

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ