第21話 ヤバい女

王都に『やべぇ奴が解き放たれたと』雇っているメイドから知らされた。


しかもそのやべぇ奴は婚約者だ。


「っく!こうしちゃいられない!多分ここは消し飛ぶだろうから、偽装工作をしとかないとサイサリスが指名手配される!」


この国で魔女がどんな扱いなのかは判らないが単身で大規模な魔法を扱う者を放置するバカは居ないだろう。多少なりとも偽装工作をしておかないと指名手配犯になってしまう。

なので大急ぎで枷を破壊し牢屋の鉄格子を超高圧ウォーターカッターでカットしているとアホみたいな魔力の高まりを感じた直後、激しい揺れに襲われて天井が崩壊した。


「あかん!」

ピアノ線を繭の様に体を包み込む様に何重にも重ね瓦礫の崩落から身を守った。



激しい音と振動が収まった所で上に重なった瓦礫を裁断しながら瓦礫の上に出るとそこは爆心地だった。


「うっそーん」


同心円状に深々と抉られた地面から水がぴゅーっと噴き出している。


(いやいやいやいや地下水脈引って!どんだけ貫通力が有るんだよ!ヤバくね?あの子ヤンデレなの?俺ごと始末するつもりなの?)


衝撃的な光景に呆然としていると金ぴか鎧に派手なV字ブレード付き兜を付けたヤバい奴とクレーター工事を行った超ヤバい奴が近付いてきた。


「見つけた!!!!!」

「お、おお!」

助走を付けて飛びついて来るので勢いを殺しきれず何度かその場でクルクル回ってしまったが、どうにか倒れる事無く受け止められた。


「心配した!」

「すまんな、まさか自分が攫われるとは夢にも思ってなくて」

「でも、でも!」

「ともあれ助けに来てくれてありがとうな、助かったよ」

「うん」

「さ、一度帰ろうか?アドラステアも心配してるだろ?」

「うん」


これ以上この惨状を直視したくなくて急にしおらしくなったサイサリスを連れて瓦礫の上を歩きながら宿に戻った。


因みに爆心地の中心で金ぴかの男が「なんでこうなったぁぁぁぁ!!!」と空に向かって叫んでいた。


★★★★★★★★

―――アドラステア―――


非常にまずい事になりました。

私の雇い主であるオーキス様が黒ローブの男達によって拉致されてしまいました。


まだ日も高く人通りの多い表通りのお店での買い物で油断していました。

まさか白昼堂々と襲撃されるとは思ってもみなかったですし、意識の大半をサイサリス様に向けていた事が災いしました。


「アドラ!私はいいから追って!」

「は、はい!」


サイサリス様に鋭い声と共に身体能力が向上する魔法が掛けられたので一息に店から飛び出そうとすると窓から新手の黒ローブが6人程入って来ました。


「敵の増援ですか‥‥」

「こんな時に!」


敵増援の目的は足止めでしょう。

今なら彼らを追い越してご主人様を追いかける事も可能ですが、遠距離の魔法戦ならともかく近距離の肉弾戦ではサイサリス様には荷が重いでしょう。


なのでこの場を離れるには盗賊を最速で倒すしかありません。なので全力で倒しにかかります。


「こ、こいつ!強いぞ!」

「聞いてないぞ!」

「足止めに…ヘブ!!!」


ものの数分で制圧は完了したが、騒ぎを聞きつけた王都の近衛騎士団が到着してしまい、追跡に出る事は出来ませんでした。


簡単な事情聴取を終え部屋にる頃には私は冷静さを取り戻せましたが、サイサリス様は落ち着くどころか薄っすらと見える程の魔力が漏れ始めていました。


彼女が『古代魔法』の使い手であり大昔に魔女として恐れられた存在なのは知っていますしオーキス様には及ばないまでもその制御能力はかなり高いの普段であれば漏れ出すなんて事はないのですが‥‥


(漏れ出しているって事は制御が上手く行っていないという事ですね…まぁ無意識なんでしょうけど)


「先程、宿の方にマーガレット様がお戻りになられたら教えてもらえる様にお話いたしましたので」

「…そう、何か進展があったら教えて」

「かしこまりました」


(オーキス様を心配する気持ちはわかりますので今は心が落ち着くお茶でも入れましょう。少しでも気分が落ち着けばいいのですが)


「どうぞ」

「‥‥ありがとう」


差し出したお茶の香りで幾分心が落ち着いたのか表情は柔らかくなったが未だに漏れ出る魔力はすこしづつだが密度が上がっている。


このままのペースだと夜にはすごい密度の魔力が漏れ出そうだなと戦々恐々としていると宿の者が訪ねて来た。


「失礼します、マーガレット様がお戻りになりました。それで下の応接室に来て欲しいと言付かっております」

「そうですか、すぐに行くとお伝え下さい」

「かしこまりました、では失礼します」


宿の者を見送りっていると先程の話を聞いていたのか準備万端のサイサリスが部屋から出てきたので、そのまま宿の応接室に向かう事にした。


「急にお呼び立ててしまい申し訳ございません、話しは伺いました」

「そうでしたか」

「はい、それでつい先ほど私の所にこの様な手紙が届きました」


そう言うと後ろに控えていたメイドさんが一枚の手紙をこちらに差し出したので私が受け取り、そのままサイサリス様に渡すと手早く中を確認した直後、ブワッとサイサリス様の体から魔力が放出され、ガタンと席を立ち部屋を飛び出してしまった。


「え!?ちょ!待ってください!!」


マーガレット様には失礼かもしれないと思いつつサイサリス様の後を追う様に部屋を飛び出すと、廊下に手紙が捨てられていたので手紙を回収しつつサイサリス様の後を追いかけながら手紙にサッと目を通すと『攫ったガキを返して欲しければ金貨1000枚を持ってポンポン商会まで来い。もし騎士団が一緒の場合は交渉は決裂、ガキの命は保証しない』と書かれていた。


「これは…マズイですね!」


盗賊の命が!


なので全力で後を追いかけたのだが‥‥


「見失った‥‥」

ヤバい!事と次第によっては王都が氷のオブシェになるな~と考えていると腕に違和感を覚えた。


「なんか震えてる?」

息を整えながら違和感を覚えた左腕に意識を向けると微妙に振動していることに気が付いた。


「そういえば捕まる直前にご主人様が私に向かって何かを飛ばしたのを感じたんですが‥‥これの事ですかね?」


とは言えなんの説明もないので単なる予想なのだが、何かあればいいな~と思いながら腕を眺めていると誰かに話しかけられた気がした。


「!?‥‥誰もいませんが…また!?‥‥これはもしや?」

「ご主人様ですか!?無事なんですか!?」

『き…るぞー』

「!?」

どういった仕組みかは分かりませんがご主人様の声が聞こえます。それにどことなく会話も成立している気がします。

しかしよく聞こえないし話す度に腕に振動が伝わってくるのでよく判らないがその振動している部分に魔力を流してみると声がはっきりと聞こえた。


『こっちは無事だ』

「よかったー無事なんですね!」

『それでそっちの状況は?』


ご主人様の間の抜けた様な声を聴くと焦っていた気持ちが落ち着くのを感じます。

それと同時に先程見失ったヤバい人の事を思い出してしまった。


「‥‥‥まず謝っておきます。すみません。全力で止めたのですが力及ばず」

『何を止めたんだ?』

「サイサリス様です」


『‥‥聞こえなかった。悪いけどもう一度教えてくれ』


先程とは打って変わって急に真剣な声になるご主人様。気持ちはわかります。


「つい先ほど盗賊からマーガレット様宛てに手紙が届きましてその内容が‥‥所謂『脅迫状』でして…内容を知ったサイサリス様が飛び出していきました。魔力を漲らせて」


少しだけ間が開いた後、初めて聞く様な真剣な声が聞こえた。


『マズイのでは?』


恐らくは同じ答えに行き着いたのでしょう。ですが止められなかった事は多少悪いと思いますがすべては誘拐を企てた人が悪いので、私には関係ありません。


「はい、ですから先に謝りました。大災害を解き放ってしまい申し訳ありませんと」

『おい!謝れば済む問題じゃないだろ!王都が氷漬けになるぞ!?』

「あれ?きこえが…悪いですね?」

『あ、おい!まて』

「あーすみません、とうとう魔力切れできこえないです!お帰りをお待ちしてますので!それじゃ!」


魔力を遮断すると先程まで騒がしかったのうが嘘の様に静かになった。


「ともあれご主人様の無事は確認出来たので私は二人の帰りを待ちましょうか」


そう思い踵を返して宿に向けて歩き出したところでドゴォーん!と派手な音が聞こえたので音の方を見つめると


大きな火柱が上がっていた。


「あーーーーーーーーうん。私は何も見ていない。うん。多分襲撃の影響で疲れているんだ。そうに違いない」


全力で目をそらして宿に急いだ。


余談

ポンポン商会が一夜にして文字どうり蒸発したこの事件は表向きは魔道具の暴走という事で処理されたが、裏では『神の裁き』として恐れられる様になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る