第2話 龍神様の洞窟
京香と慎也が案内人との待ち合わせ場所に着いたのは約束の10分前だった。時計の針は文字盤の真上、ほぼ12時を指している。京香たちの予定では余裕をもって到着し、事前に
そこは村の木造平屋造りの集会所前、いたって何の変哲もないローカルな広場だった。観光名所の猊鼻渓から3キロほど離れた村落の中央に位置し、京香たちの目を楽しませるものはこれといって一つもない。せいぜい自然を感じさせるものといったら、近くの林でホウホウとのどかにに鳴いているキジバトぐらいだ。
「お待たせして、すみませんねェ」
京香たちの前に現れた案内人の五郎は薄汚れた黄色のつば付き帽を脱ぎ、ペコリとおじぎをしながら目じりにシワを寄せた。短く刈り上げた髪に白髪が混じっているのを見て、京香は案内人をアラフィフかしらねと心の中でアタリをつけた。
「こちらこそお忙しいところ、ありがとうございます」
「今日はお世話になります」
慎也と京香が口々に挨拶をする。案内人の五郎さんとは初対面だったが、人懐っこい笑顔にホッとする。
「いらっしゃるのは一人だとばかり」と、五郎。
「最初はその予定だったんですけど、残響マニアの京香ちゃんに洞窟のことを話したら、興味津々でついてきたんですよ」
慎也の言葉を聞いて、京香はムッとした。
(ついてきたって何? 人を迷子の子犬みたいに言って。誘ってきたのはソッチじゃない)
「二人だとマズいですか?」
慎也がたたみかけるように五郎に尋ねた。
「いや……そんなことはないんですけどォ」
案内人の顔がくもる。なぜか言葉も歯切れが悪い。
(ひょっとして……)
と、京香は思った。洞窟には何か特別な事情があるのかも知れない。慎也は薄々それを知っているのではないだろうか。
「さァさ、洞窟にご案内しましょう。そこに車を止めてありまっさ」
五郎はふたたび人の好さそうな笑みを取り戻して言った。広場の反対側に駐車した軽四駆を指さすと、京香たちを振り返ることなく、小柄な体躯に似合わぬ大股で、ずんずんと先を歩いていく。
京香は慎也と顔を見合わせ軽く肩をすくめると、五郎についていった。
◇
地球上に多数の洞窟が存在するが、ひとつとして同じ形の洞窟はない。
それでも入口で感じる怪しい気配はみな共通だ。獰猛な怪物が口を開いたような不気味な形状が、大脳の奥深くに潜む古代の記憶を思い起こさせるのかもしれない。
五郎が案内してくれた洞窟は、地元の人しか知らないというだけあって、入口は腰をかがめないと通れないくらい小さなものだった。それでも、洞窟が持つまがまがしい雰囲気がただよっている。入口の前に立つと、京香はブルっと身震いして両腕で体を抱きしめた。
「寒い?」
慎也は京香に声をかけた。
「大丈夫。カイロたくさん持ってる」
京香は使い捨てカイロをポケットからとり出し、慎也に振ってみせた。
「洞窟は分かれ道がない一本道だから迷うことはないよ、ゆっくりいっても30分とかからねェ。ただ真っ暗だし濡れたところは滑るから注意してなァ。こんくらいの可愛い鳥居が見えたら、そこで洞窟のゴールだァ」
五郎は両手で20センチぐらいの高さを示した。
「何が祀られているんです?」
慎也が興味深そうに眼を輝かせた。
「そりゃもちろん龍神さんだなァ」
アラフィフの案内人は当たり前のことを訊かれたように驚いている。その様子からして、岩手の洞窟は龍神様の版図なのだろう、京香はそう納得した。
「わしは車で待っとるから、ごゆっくり……おっと大事なこと言い忘れたァ、鳥居の前に木箱が置いてあるけンど、箱のフタは絶対に開けちゃなんねェど」
五郎はそう二人に念を押して、軽四駆へ戻っていった。
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